3-8 カブール(アフガニスタン) ~ ラワルピンディ(パキスタン) 


今日はね、アフガニスタンのカブールからパキスタンのラワルピンディまで行くよ。



パキスタン地図

東方観光局 パキスタン地図



命がけの国境越え


カブールから、パキスタンのペシャワールまでの道は砂漠と険しい山岳地帯。
国境の町ジャララバードまでは乗り合いバスで8時間ほどだけれど、その途中の山岳地帯は、道が険しいのと、昔から強盗殺人が多いことで有名なところ。

(この頃は、たとえ崖が崩れても昔ながらの強盗は出ても、まだタリバンはいなかった。
現在はこのあたりで急に武装グループに停車を命じられることもあるそうで、数年前に4人のジャーナリストが殺されたのもこの区間だという)




アフガニスタン周辺地形図2

地形図を、集英社 イミダス2000 別冊付録 2000年ワールド・アトラス
(2000年1月1日発行)からお借りしました。



カイバル峠

そしてその先の、パキスタンへ抜けるために通るカイバル峠の険しさは、歴史的にも有名。
アレキサンダー大王もジンギスカンもイギリス軍も、ここを通るのに難儀したって。 三蔵法師もここを越えたんだよね。

写真を見て。
岩は落ちて来るそうだし、道路にはガードレールもない。
すれ違うの、ハラハラだよ!



                        ↓ここも道路
カイバル峠

                      ↑この白い部分が道路

(現在は戦乱で荒廃し、不通になっているらしい)


パキスタンの国境

アフパキ国境

すっごーく時間がかかったけど、気長に待つ。
やっぱり検査官が、ワイロ集めのために時間を引き延ばすためと聞く。
 


裕さんが言うには、アフガニスタンとパキスタン国境地帯にはたくさんの部族が住んでいるんだけど、国境線は、インド領の独立運動の際にイギリスによって西欧的な視点で勝手に引かれたものだという。 

そしてパキスタンとインドの国境もそうして決められたので、いまだ領地を巡る紛争が絶えないのだそう。 




逞しい顔

日焼けしてすっかり逞しくなっている私。(これならさらわれない)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

いっとき地理・歴史

ところで、パキスタンて、小柄で短足の恐竜が歩いている姿を横から見たような形してない? しっぽもちゃんと付いていて。
今回の旅は、恐竜の肩まわりをなぞって行くみたいな旅。



PakistanTribal.png

トライバルエリア地図 (ウイキペディアより)


トライバルエリア

パキスタンには何とも変わった地域があるんだ。
それは、トライバルエリアと呼ばれる、パキスタンのどの州にも属さず、パキスタンの法律も及ばない辺境の地(つまり無法地帯)で、そこでは武器や麻薬が堂々と売られたり取引されたりしている。(赤い背当て部分)

トライバルエリアは、”部族地域” という意味で、正式には ”連邦直轄部族域” と訳されるけど、パキスタンという国ができる前からこの土地に住んでいる部族制社会の慣習法が、国法を上回っているというわけ。

パキスタン国内北西部のアフガニスタン国境地帯にあり、西にアフガニスタン、東に北西辺境州とパンジャーブ州、南にバローチスターン州と州境を接している。 
面積27,220平方キロ。総人口は2000年の推計で
約3,341,070人でパキスタンの総人口の約2%。
また域内住民の内、都市部に居住するのは3.1%に過ぎない。
パキスタン国内でも最も辺境の地域といえる。

7管区の部族地域と5辺境地区から構成される。
(主な情報は、ウイキペディアより) 

現在は、この地域に入るには役所の入域許可証が必要で、護衛の警察官同伴でなければ通れないらしいよ。
でも、無法地帯だけあって、その警察官が強盗に豹変することもあるらしい。

そんな事情でこの地域は現在アルカイダの隠れ家になっていて、9.11の首謀者とされるビン・ラディンや、タリバンの最高指導者、ムハンマド・オマル氏もこのあたりに潜んでいると見られている。
彼らを支援している部族長は、オマル氏の引渡しを拒否した。

トライバルエリアは国境からペシャワールの手前まで、50キロも続く。

PAKISUTAN という国名自体が、五大地域であるパンジャーブのP、北西辺境州に住むアフガーン人のA、カシミールのK、シンドのS、バローチスターンのTANに由来しているそう。
単一民族ではないのだから、パキスタンというひとつの国としてひとくくりして
しまうことに無理があるのかもしれないね。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パキスタンに入国

次の目的地であるペシャワールは、北西辺境州の行政上の中心地。

また、埃まみれで、屋根まで荷物と人が乗り、車内まで砂埃でいっぱいのバスに揺られて、トライバルエリア内の乾燥地帯を行く。
パキスタンのバスは装飾が派手で、クラクションも騒がしくて、運転手席では地元の音楽をかけっぱなし。
何だか陽気でいいような気もするけど。

もちろん、この国でも1日に5回の決まった時間にはバスが止まって、乗客たちは外に出て地面に敷物を敷いて、メッカの方角に向かって祈りを捧げる。


パキスタン砂漠地帯

途中の景色


パキスタンの川

それでも川があるとほっとするね。


ペシャワール

パキスタンの最初の町、ペシャワールに無事着いたよ。

(命がけって書いたけど、”地形的に危険” て意味だったんだヨ 。
私はこの頃のこの地域は貧しさゆえの山賊はいても、平和だったと思う。
一般の人は誰も銃を持っていなかった。

ところで、映画のランボー3は、この町から始まっているそうだ。)


ペシャワールは、”国境に立つ町”っていう意味で、かつてはガンダーラの中心都市として栄えたんだって。遺跡らしい遺跡はないけど。



パキスタンの通り

ペシャワールの通り。
モンスーンが来た後は、道路もこんなふう。

右のバイク屋さんの看板に、YAMAHAって文字が…。



洪水道路

道路の向こう側に渡るのにもこんな状態。
(おもしろがってない?)



この町では、バザールの中にあるマハバット・ハーン・モスクの中の装飾が、とてもきれいだった。



タキシラ古代都市遺跡

ガンダーラ最大の遺跡、タキシラはペシャワールとイスラマバードの間にあって、仏教を中心とした学園都市、古代インドの数学の中心地で、アショカ王以前から、インドの王子は一度はタキシラに留学するとされていたそう。

世界遺産にも登録されている。

そこから7キロくらい離れたところにもジョーリアン遺跡というのがあって、そこにも素晴らしい仏像の数々がある。


イスラマバードとラワルピンディ

ラワルピンディの北に位置するイスラマバードは、1959年6月にパキスタンの首都に選定され、1961年に開発が始まった人工都市。
街路が升目状のに敷かれ、高層ビルが建ち並ぶ行政の中心都市。
(だから、そこだけアメリカみたい)
北部には、巨大なモスク(ファイサル・モスク)がある。

ラワルピンディは、古くからあった商業都市で、暖か味のある庶民の町。


ところで、アレキサンダー大王の軍は、ぐんぐん東へ進んで行ったんだけれど、どこまで行ったか知ってる? 
インドまでは行っていないよね?

彼はその頃、アケメネス朝ペルシャを蹴散らしてここまで侵入して来たんだけれども、インドのマウリア王とこのあたりで対峙して、西にUターンしたそう。


ラホールのバドシャヒ・モスク  

インド国境に近い、ラホールにあるこのモスクは、タージマハールと同じムガール帝国の時代(1673年)に造られたもので、一度に10万人が礼拝できるともいわれる、世界最大級のモスクだって。


ちなみにパキスタンの首都はイスラマバードだけど、現在、パキスタン最大の都市はカラチ(元首都)で、第2の都市はラホール、第3の都市はラワルピンディだそう。






その後のこの地域のできごとを、現在につなげるために、インターネットで拾った
ニュースの中から羅列しておくね。



98年頃には人口100万人のこの都市ペシャワールに、160万人ものアフガニ
スタンからの難民が殺到していた。
人口1600万人だったアフガンからは、600万人が難民となって流失し、300
万人がパキスタンへ、同じく300万人がイランへ向かったのだ。



UNHCR 国連高等弁務官事務所「アフガニスタン情勢」
NO.7:2001年9月25日 パキスタン

■パキスタンへの越境地点は、旅券などのないアフガン人には今もある程度閉鎖されている。UNHCR職員の報告では、ペシャワル地域の越境地点はすべて、新たな入国者に対して閉ざされた状態である。UNHCRの移動監視員4人がアフガニスタンとの国境沿いの越境地点8カ所をモニターしている。

■国連機関、NGO、パキスタン政府の職員が26日から、パキスタン北西辺境州の中で、難民キャンプの設置候補地75カ所の調査を行う。北西辺境州の当局は新たに流入するアフガン難民を100万人まで収容できるキャンプ予定地100カ所を指定。このうち75カ所を合同チームが視察し、キャンプ予定地の水源、衛生施設、保健環境、交通の便、物資貯蔵量、治安などを評価する予定。キャンプの中で最も早い場所では、ニーズの発生から1週間~10日間以内に受け入れ可能になる予定。UNHCRはこの4日間の調査に職員6人を派遣。世界食糧計画(WFP)、UNICEF、WHO、デンマーク・アフガン難民協力団、国際救済委員会(IRC)、国境なき医師団(MSF)も加わる。



産経ニュース (共同)
(2007年11月)パキスタンの首都イスラバード近郊のラワルピンディで24日、陸軍本部近くの検問所と軍のバスを狙った2回連続の爆発で、AP通信によると、少なくとも35人が死亡した。軍報道官はいずれも自爆攻撃だと語った。

パキスタンでは北西辺境州スワト地区で、軍がイスラム過激派の大規模な掃討作戦を行っており、こうした動きに反発する過激派による犯行の可能性がある。

ラワルピンディには陸軍本部や事実上の軍トップを兼任するムシャラフ大統領の
公邸があり、厳重な警備が敷かれているが、自爆テロが頻発している。
10月30日には警察検問所で男が自爆し、7人が死亡した。


2007年12月27日、パキスタン人民党党首・ブット元首相は、ラワルピンディで、自爆テロによって暗殺されました。ブット氏は、ラワルピンディの病院で死亡。
父ズルフィカル・アリ・ブット元首相も79年に軍事クーデターで失脚し、ラワルピンディで処刑されている。


(c)AFP BBニュース
(2008年2月)4日朝、自爆攻撃は通勤ラッシュのなか軍医療スタッフを乗せ駐屯地に向かっていた軍のミニバスに爆弾を積んだバイクが突入。
警察はこの攻撃による死傷者は死者7人、負傷者は民間人7人を含む40人になったと発表した。

ラワルピンディでは、アフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)や国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)戦闘員によると思われる治安部隊への攻撃が急増している。


産経ニュース
(2008年9月)パキスタンのギラニ首相の公用車が3日、首都イスラマバードから近郊のラワルピンディの空港に移動中、銃撃された。
ギラニ首相は車に乗っておらず無事。イスラム過激派による犯行とみられる。
公用車は空港に首相を迎えに行くため幹線道路を走行中、運転席側の窓ガラスに2発の銃弾を撃ち込まれた。

パキスタン北西辺境州では、政府が軍を導入してイスラム武装勢力の制圧にあたっており、一部の過激な勢力は、政府のこうした姿勢に反発を強めている。
(バンコク 菅沢崇)


西日本新聞
パキスタン、武装勢力と和平合意 北西辺境州政府 
2009年2月16日 21:36 カテゴリー:アジア・世界  【イスラマバード16日共同】

パキスタン北西辺境州政府は16日、イスラム武装勢力との戦闘が続く同州マラカンド地域で、裁判制度にイスラム法(シャリア)導入を認めることなどを条件に武装勢力と和平合意したと発表した。

マラカンド地域内のスワト地区では激しい戦闘が続き、多数の避難民が発生していた。
戦闘激化を受けて州政府側が妥協したといえる。
マラカンドの周辺を含め、武装勢力の影響力増大が懸念される。
隣国アフガニスタンで続く旧政権タリバン掃討作戦にも影響を与えそうだ。

州政府が和平合意したのは同地域の2大武装勢力の一つ。
もう一方の勢力とも交渉を進めており、攻撃されない限り反撃しない方針を示した。
中央政府のザルダリ大統領も合意を承認した。


産経ニュース
タリバンが無期限和平を宣言 パキスタン北西辺境州 2009.2.24 17:24

 ロイター通信によると、パキスタン北西辺境州のイスラム原理主義勢力タリバンは24日、激しい戦闘地となっていた同州スワト地区での無期限和平を宣言した。
同地区では、23日にパキスタン軍が武装勢力に対する攻撃の停止を表明していた。

 同地区を含むマラカンド地域をめぐっては、タリバン司令官の義父にあたる別のイスラム武装勢力指導者との州政府との間で、タリバン側が要求するイスラム法を復活することで合意した。
これを受けて、指導者がタリバンに武装放棄を含む和平合意の受け入れを迫っていた。(ニューデリー 田北真樹子)








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Re: すごい

タイトル:すごい
コメント:おもしろかった

こんなコメント、間違って消してしまいました。ごめんなさい。ありがとう!!

パキスタン

はじめまして
なぜかここへたどり着きました
20年ほど昔私もパキスタンに行きました。
これは何時ごろの話ですか?
「タリバンはいなかった」
だと、それ以前?

Re: パキスタン

読んでくださって、コメントもありがとう!
お返事遅くなってゴメンです。

これはなんと!! 35年くらい前のことです。
20年前なんてまだ最近じゃないですか。(汗)

タリバンほど活発でないにしても、その予備軍のようなグループや組織はあったのではないかとは思います。
でも当時は、タリバンという名前は話題には出て来ませんでした。

35年前!
そうですか、その頃が一番世界が平穏だったかもしれないですね。
私が訪れた時の写真は「kikoki ネパール」で検索すればはてなフォトファイルで出て来ます。

驚きました。
返事があるとは思いませんでした。
気にはなって時折、覗いてましたけど。
最初からこの旅行記を読んでみます。
ありがとうございました。

フォトファイル、今度のお休みに見せていただきますね!楽しみです。
ネパールは若い時に行ってみたい国のひとつでしたが、機会がありませんでした。
また、メールででもお話しましょう。

こんにちは

パキスタンのフンザ地方へ行かれたことがありますか?
フンザに魅せられてを読んでいたら、行ってみたくなりました!!

フンザ地方

ごめんね、どこだかわからないけど、書いてあるところにしか行っていません。

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