2-33 チューリッヒのユースへ 


ベルン駅で、チューリッヒ行きの切符一枚を買うのに、あちこちの窓口に並んでは違うと言われ、インフォメーションへ行けば、「英語を話す人が昼食に行っているから1時間待て」とか…
らちが開かないので、地図を開けて “チューリッヒ” を指差したら、
それは “ツールック” だって!
通じないはずだ… (´ヘ`;)

その普通切符の料金に、またびっくり。Σ(゚ρ゚;)
1時間半の乗車なんだけど、日本で乗る同じくらいの距離の3倍の値段だ。
スイスはさすがお金持ちの国で、物価が高いんだね!

オックスフォード仲間とは、ここで一時お別れ。
彼らはフランスを通り抜けて、仁さんを待つカルメンのもと、スペインへ。

私は亮介兄さんの友だちの堅朗君と、するともなく待ち合わせをしたチューリッヒのユースホステルへ。

出国前の記事で前にも紹介した堅朗君は、中学・高校時代は、服装自由の私立の男子校だったにもかかわらず、黒縁めがね、ガリガリの秀才タイプで、実存主義がどうの、弁証法がどうのなんて説明をしてくれたっけ。
第一次志望の医大受験には失敗したものの、どこかの国立大学 (後で聞いたら、早稲田じゃなかった) に入ったんだけど、どういうわけか休学届けを出してアルバイトを始め、放浪の旅に出て、”北欧で働いている” とか、”どこかでヒモになっている” とかって噂の飛び交う中、
今はドイツで大学に通っているという情報が掴めた。

そしてたまたまクリスマスまでチューリッヒのユースホステルにいるって聞いて、そこで待ち合わせをしたわけよ。


クリスマスカードのような風景の回り舞台、次々に窓の外に展開する車上、
「コンニチハ、ニホンノカタデスカ?」
と、上品な中老のスイス人男性が声をかけてきた。
それがドクター ハエエリさん。

奥様が亡くなられてから東洋文学に興味を持ち始めたそうで、日本を訪れるのが夢だそう。
「スイスで三味線を持っているのは私くらいなものでしょう。」
と、誇らしそうだった。
「大洗いミタイデショウ?」
と、それに似た名の駅で降りたけど、以来、文通を続け、クリスマスやイースターには必ず、上達した日本語で書かれたカードやチョコレートが届くようになる。


チューリッヒのユースホステルへは、案内書通りに市電に乗って難なく辿り着けた。
町はクリスマスの飾りつけ賑やかで、道の角々にもクリスマスツリーのあかり。

ユースの広間には、金髪のおかっぱ頭、鼻ペチャ鼻たらし、茶色い目に真っ赤なほっぺという、不思議な見かけの子が遊んでいた。
そばにその子とそっくりな日本女性。
未婚の母だそうで、これからその子を背負ってアフリカに行くんだって。
堅朗君のことを聞くと、
「ああ、あの針金師? あそこに伝言があるわよ。」

あったあったー!!
“ロンドンからのミヤちゃんへ、
明日、戻ります“

一応ほっとした。
やっと会えるね、ガリ勉モードじゃない堅朗君に!


チェックインして広間に行くと、おもしろそうな日本人たちが雑談中。

イスラエルのキブツに何年も住んでいたという、ホーチミンさん、自転車で世界一周途上というヒゲさん、

フィンランドの建築事務所に、”雇ってくれ” と押しかけたところ、無言で紙と鉛筆を与えられたので、黙って図面を描いたら、正式採用。二年勤めて年金カードまで来るようになったという、某大学建築学部卒のタコさん。
今は芸大出の相棒、プロフェッサーさんと、絵や手作りのアクセサリーを売って、多い時には1日何万円と稼いでいるそう。

どうやら堅朗君も、そのうちの一人らしいんだ。






   

夜のチューリッヒ駅

チューリッヒ駅 夜景 (写真 from フォト ライブラリー)



チューリッヒユース

チューリッヒのユースホステル ダイニングルーム
一番手前のテーブルにいるのが、
タコさん、ヒゲさん、ホーチミンさん






 

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