2-28 アレハンドラが逃げた? 


翌日のアレハンドラは何とも哀れなまなざしで、私を見つけると、

「オー ミヤ、会いたかった! 私、すごい熱なの。」

と、飛びついて来た。
前夜のことについては一言も謝らなかったけれど、私も彼女の容態が心配になって来た。
そうして亮介兄さんにはとうとう会えないまま、病人を抱えてイギリスへ帰る日が来てしまったんだ。

兄さんたちは途中で予定を変更したのか、それとも何かあったんだろうか…。
私はいったい何をしに、わざわざパリくんだりまで来たんだか… jiong


ドーバー海峡は大荒れ。
吐いて吐いてヨレヨレになった体を引きずって、ベリンダと私は高熱のアレハンドラを介抱しつつ、医務室へ抱えて行った。
病名は、はしかの一種、”チキンポックス” と診断。
ドーバーに上陸次第入院、と決定した。(また大変なことになったヨー)

イギリス上陸後は、彼女たちがメキシコ人だからと入国審査でさんざん苦しめられ、入院手続きにまた手間取り、電車に乗り遅れて駅でさらに一時間半待ったベリンダと私がオックスフォードに着いたのは、夜中の2時過ぎだった。
(もう、ヨレヨレのボロボロって感じ…)


ところがその翌日のこと、学校で私を待っていたのは…

「病院から連絡があり、アレハンドラが病院から逃げたって。
さっき桂子さんが秘書から君に伝言を頼まれたそうだ。」

という、キザ男さんの言葉だった。

アレハンドラならやりかねないよ。
それで、あとの授業を放り出して事務所に飛んで行くと秘書が、

「アレハンドラは病院になんかいませんよ。
誰もチキンポックスくらいで入院はしません。」

「じゃあ、彼女は今、どこ?」

「知らないわ。とにかく彼女は病院にはいないわ。」

何ともさっぱりしている。
これじゃ英語力に関係なく、わけがわからないじゃないの…。
だからって、聞いてしまったからには知らんぷりする訳にもいかない。

私は、病院を抜け出し、熱にうなされて何百キロの道のりをオックスフォードに向かっているアレハンドラを思い、そのまま早退して、またまたザーザー降りの雨の中、

(不幸を強調するようにいつもこんな状況の時は雨が降っているけど、本当なんだよ、それがイギリスのお天気)

ベリンダに知らせにメキシコ人たちの溜まり場を捜し歩いた。

やっと見つけて一緒に下宿へ戻り、ミセス ブライアンの帰りを待ってドーバーの病院の電話番号を調べ、長距離電話をかけてもらうと、長ーく待たされた後、

「アレハンドラ? ちゃんといますよ。」
それが病院の返事だった。

「はぁ~っ???」

その時の、ミセス ブライアンとベリンダの、私への視線…。

「ごめんなさい…。
でもちゃんと日本語で伝言を聞いたんだから、間違えるはずないし、秘書も直接聞いたら、あの、病院にはいないって… (しどろ・もどろ)」

「いいのよ。気にしないで。誰にでも間違いはあるから。」

こんなことってあるー?!
秘書が、”アレハンドラは仮病を使っている” と決め付けて、独断であんなことを言ったのか、それとも、伝言を受けた日本人たちが何か勘違いをしたのか、はたまた実は本当にアレハンドラはいったん逃げてまた病院へ戻ったのか、真相は定かではないけれど、

入院中でさえ、スヌーピーの絵本と花を毎日届けてくれる男性と巡り遭って恋に落ちたとのアレハンドラの後日談を聞くと、

「どうして私ばかりこんな苦労をしなければならないの?!」

って言いたくなるよー!! ゚(゚´Д`゚)゚。

(結局彼女はずっと病院にいて、良くなってから退院して帰って来た。
たぶん秘書が、「チキンポックスで入院する人なんていない。アレハンドラは病院になんかいませんよ。」って自分の考えを言った
のを受けて、「アレハンドラが病院にいない」と、日本人学生が騒いだのだと思う。

腑に落ちないけど、過ぎたことなのでもういいことにする。 うむむ


そして、それは12月半ばのある夜だった。
お皿洗いのバイトを終えて冷え切った空気に身体を溶け込ませて帰って来ると、床の上に誰かが寝袋にくるまって寝ているじゃないの。

「誰?…」

モゴモゴ。









その頃のイギリスの クリスマス柄切手
 


クリスマス切手


クリスマス切手2








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