アルゼンチン(1) 行くきっかけ 


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マリアとふたり

突然写真で、ごめんね。
上の写真二枚は、今回アルゼンチンまで会いに行ったマリアが、
(通行人にシャッター押しを頼んで)彼女のカメラで、38年前に
撮ってくれたものです。 


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お金もないのに、はるばる地球の裏側まで行くことになった話のきっかけ


東北の大震災のあと、私の携帯電話に地球の裏側から電話がかかって来た。
アルゼンチンに住んでいるマリアからだった。

「大丈夫?! こっちでは毎日、新聞の一面から四面まで日本の災害の記事で占領されているのよ。
良かった、あなたやあなたの家族が無事で…」

私の携帯電話へ だったのでびっくりした。(時代は変わったね!)
彼女は海外にいた共通の友人に連絡して、私の電話番号に行き着いたのだそう。

ひとりで初めて海外に出て目的地のオックスフォードに辿り着いた時、滞在予定先の大家さんが不在で、その日に泊まるところもなく困っていた私を助けてくれたのが、このマリアさま。
彼女はそれから、英語がほとんどしゃべれず頼る人もいなかった私と部屋をシェアしてくれ、姉のようになにかと面倒みてくれたのでした。
アルゼンチンへ帰国してからも私を心配してまたイギリスに様子を見に訪ねて来てくれたり、お互いに故国に帰ったあとも年に数回だけど文通でそれぞれの人生の報告をして、クリスマスには長い手紙と一緒にプレゼントの小包みを交換していたんだ。

最初の電話では、私の家が海の近くでないことを説明して安心させたけど、数日するとまたリリ~ン
今度は、

「放射能は大丈夫? 広い範囲に汚染が広がっているみたいじゃない?! 
新聞を読むとあなたのことが心配で。。
もし住むところがないなら、家族でこっちに移住して来ていいよ。私はあなたしか知らないけど、あなたの家族ならOKだから」

私は彼女のこの気持ち(真の友情?)に、ひどく感激したのでした。

原発については技術的なことなど難しくてうまく伝えられないから、共通の国際ビジネスマンの友人に、彼女に電話して日本のその時の状況を説明してくれるよう頼んだよ。政府が「心配ない」を繰り返していた頃。
(きっと外国の新聞のほうが、事実に近い情報を伝えていたんだね)

そのマリアは数年前から体の具合が悪くて、ほぼベッドから出られない状況だった。血液がうまく巡らない病気だと聞いていた。

そのマリアから、去年 (2012) のクリスマスに、カードも小包も届かなかったんだ。
電話しても誰かがスペイン語でしゃべりまくるだけで、ゆっくりはっきり彼女の名前を伝えても全然通じない。

何があったの? マリアさん、ひょっとして死んじゃったの?

私は決心したよ。何が何でも彼女に会いに行く。
たとえ地球の裏側でも、そこがブエノスアイレスから 770キロ 離れた小さな町でも、英語が全く通じなくでも、拳銃所持が認められて治安が悪い国でも、そして私の貯金がゼロでも!



12. アルゼンチン(2) に続く


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