3-13 マドラスで事件(1) 


マドラスの町の風景

(まずはアルバムの続き。お話は後半に)



マドラス駅近くのムアーマーケット 

トラック  

中央駅かいわい。向こうに見えるのは高級デパートのスペンサーズ。
着ているのはヨーロッパへの輸出専門製造工場でじかに買った2ルピーのサマードレス。(地元の子によると、私ボラれて、ほんとは1ルピーで買えたそう)



さとうきびジュース屋さん2 駅前大通りのさとう
 きびジュース屋さん。

 その場で搾って売る。







中央駅裏のムアー市場 
 
ムアー市場の肉屋さん

上は中央駅裏のムアーマーケット。下はムアーマーケット内の肉屋さん。
注文されるとその場でひねって、「はい、毎度ありいっ!」
(何でも新鮮…) 
 うぁぁん


インドの映画館
マドラスの映画館

インドでは映画が大きな娯楽を占める。4時間5時間もんはざらだって。
昼間から人がいっぱい。仕事は…?



お弁当  お弁当アップ

会社のお昼に近くのチャイニーズテイクアウェイで買ってくるおべんとう。
乾いたバナナの葉っぱに包み、コットンひもでぐるぐるゆわえてある。
もちろん、手で食べる。

水はタミール語でタンニール。にがい。沸騰させ、浄水器で漉す。

他に食べるものがないので、けっきょく毎日これか、パサパサのパンにマーガリンか、カレーにチャパティ。フルーツは山ほど。 

コーヒーは、一階のお茶屋さんに運んできてもらう。
一杯25パイサ(7.5円)
ところで、インドでもコーヒー作ってるって、知ってた?



通りの物売り  
 インド風物詩

 通りの   
 野菜・果物売り












35℃の炎天下、はだしで荷車を引く。
1コ売りする。てんびん式のはかりで値を決めて。

1ルピー(30円)で小さなマンゴーが10コ。
モンキーバナナは4本。

小さな移動式お店だけど、大きな車輪は木製で、ディスプレイもきれいによくまとまっていて新鮮そうで色鮮やか。
素敵な風物詩になっているけど、おじさん、自営かな、雇われかなー…
クリックして大きくして見て。すごくいい写真。
売り物から、おじさんの人柄が伝わってくる。




インドの食事2  手でごはん

レストランではこんなふう。
これは ”ミールス” というメニュー。何種類もの
カレーがバナナの葉のお皿にのったごはんといっしょ
に出てくる。

食べ方は、右手の人差し指と中指と薬指の三本にひとかたまりのたべものを乗せて親指でさっと口の中へ押し込む。
(レディーほど指先だけ使い、品のない人は肘まで汚して食べるのだそう ドキッ

慣れるとおいしいよ。少なくとも暖かみのない金属製のフォークやナイフよりずっといい。

ところで、インドの自然の恵みあふるる収穫物のごちそうを食べて元気いっぱいだった私は、(アフガニスタンの時と違って)今度は日本の防腐剤入りのインスタント食品を食べてお腹をこわし、早退して寝込んだんことがあったんだよ。


そして、最初は直線縫いもできなかった従業員たちが…


バッグ2  バッグ3

工場設立二年近くにして、これほどの作品を仕上げられるようになって来たのです!
上は実際にドイツのフランクフルト国際皮革製品見本市のインドコーナーに出品された作品。



バッグ1 左半分は、試みにインドの
 ウエディング用サリー地で
 作ってみたパーティー用の
 ポシェット。
 綺麗で可愛いでしょう?







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話の続きに戻るね。
それが、大変なことになって来ちゃったんだ。(|| ゚Д゚)

しばらく滞在する間に、私は通訳する内容を理解するために、勉強のつもりで会社の差しさわりのない書類を読ませてもらったんだ。
その中の、社長とマネージャーとの書簡の内容に!?
現地の従業員たちと直接話したことと、内容が食い違っていたから。

給料の額は、現地の相場があるから彼に任されているにしても、日本の社長から、「みんなよく働いてくれているから」 って、ボーナスを出したはずなのに、誰ももらっていなかった。
それから、お父さんが亡くなった従業員に社長からの気持ちで香典を出したのに、それも渡っていなかった。

とんでもないものを見つけちゃった… 汗
それもそういう状況を発見したのは、黒子であり、ビジネスの中身にまでは口を出すべきではない通訳の私…。

どーしたらいいんだーっっ!!告発する??
こわいよ、マネージャーは大柄で強そうだし…。
外国にいて不利な立場になったら、何をされるかわからないじゃない? 
警察に言っても、警察が不正をしている国なんだから。

I さんはそこまでは気がついていないみたいだし、社長は時々、現地入りはしていたけれど、
きっと実情を知らないと思う。

どうしよう?!
もちろん、話すべきだよね??


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ハート恋の行方

裕さんとどうなったか、知りたい?
いっしょに旅をしてもらっているので、報告しておくね。

前回カルカッタから帰国してから、私は裕さんの実家に遊びに行ったんだ。
どんな家庭でどんな家族で、結婚したらどんな生活をすることになるのか、それでもついて行けるのか、自分の気持ちを確かめるためにも。

本当言うと、私の心は揺れていたよ。
私は裕さんが大好きだったし、尊敬も信頼もしていた。
でも、結婚となると話が違って来る。
彼を取り巻くすべてを、受け入れなければならないんだものね。

私が訪れた時、彼は本当に小さな工場で作業服を着て、油まみれになって働いていた。お父さんとお兄さんと一緒に。
その時、彼は実家に住んでいたけれど、もし結婚したら工場の2階に移ると言った。
そこは私が想像していた通りの、従業員のお茶飲み場のような簡素な宿泊設備だった。

愛があればどんなところだって構わないはずだし、実際そうだったんだけど、
私が彼と結婚するのはやめようと思ったのは、他にも理由があったからだった。

私が訪ねた時はね、彼のお兄さんが結婚して間もない頃で、お嫁さんのお腹が大きかったんだ。
お母さんはそれが、嬉しくて嬉しくて…。
そっちのお嫁さんのことばかり気にかけて、私にはほとんど目も向けなかった。
いっしょにいるのに、そこには私はいないみたいな…。
私のことを大事に思ってくれている っていう印象とは、かけ離れていた。
「歓迎されていないんだ」 とまで思ってしまった。

私はね、自分が母親の愛をほとんど知らずに育っているから、結婚相手のお母さんは、うんと暖かくて優しくしてくれる人じゃなきゃ嫌なんだ。

彼のお母さんの、私に対する愛情が足りなかった。
それだけで、私の心は荒涼としてしまったんだ。

ごめんね、こんなことを聞くと怒る人もいるかもしれないけど、私にとったら結婚相手本人と同じくらい大切なことなんだ。相手の家族がどんな人たちかってことが。
もう、淋しい思いはしたくないもの。

他の何がどうであれ、裕さんさえいてくれればいい…
私はそこまで思えなかった。

というわけで、美弥ちゃんの裕さんとの恋、は成就しませんでした。Brilliant.

待ってもらえばよかったって?
そうね、フランスから帰って裕さんとは一度会ったけど、私はその時、自分のことばっかり話してしまった。
フランスであったことあれこれ、夢中で。
裕さんは目を細めて、微笑みながら黙って聞くだけだった。

私がそんなだったから、その時、きっと裕さんは思ったんだね、
「こいつは、俺のそばにつなぎ留めておくのは無理だな」 って。

そしてその通り、私はそれからも旅を続けたんだ。
そして気がついた時には、裕さんのことはすっかり忘れていた。

30年も経った今、これを書きながら彼のことを思い出して、ちょっと胸キュンとなっている。Brilliant 
きっと可愛いお嫁さんをもらって、幸せに暮らしていると思うよ。
どんな相手でも、こんな風来坊の私と結婚するよりはきっとうまく行ったと思う。

私がどうなったかって?
今はまだ、若い私といっしょに旅を続けて下さい。(* ^ー゚)



♪お願い

実は私、”コメント” と ”トラックバック” の使い方がよくわからなくて…。
このブログを始めた時オンにしたら、宣伝などわけのわからないものがたくさん
来たから、あわててオフにしちゃったんだ。
でも、皆さんからのコメントも受け付けてみたいので、今回一週間の間、コメン
トをオンにしてみる。
(”承認制” という方法を使えば、相手構わず自動的に送られる宣伝などは回
避できるんだって)

だから、甘辛感想や情報の間違いの指摘など、何でも送ってみて。
必ずお返事します。

私の知らないところでいつもランキングに投票して下さっているあなたにも、ぜひ
ひと言お礼を言わせて!

待ってますので、よろしくお願いします。
(何も来なかったら、泣いて次回からやめる @泣く

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