3-17 未来のパレスチナ戦士との恋 (後編) 

バンガロールでの別れ

このパレスチナ人たちとの別れの日か来たのは出会ってからたったの3日後
のことだった。

それまでには私はガレブから、
「22才になったらパレスチナへ戻り、パレスチナ戦士として国のために闘う」
という決心を聞いていた。
この人を好きになってはいけないって思うでしょ?

私たちはアイラブユーとか何も言わなかったけど、泣きたいくらい切なくお互い
のことを思っていた。
そして別れが辛かった。
だってもう二度と会うことはないだろうって、お互いにわかっていたから。

会おうとすれば会えるかもしれない。
でもそれで、どうするの?
すべてを投げ出して死ぬ覚悟でいる人に、ついて行くの?
それとも私に彼にそれを止めさせるほどの何かがある?
彼の決心も生き方も、そんな生半可なものじゃないでしょう。

ナンセンスとわかっていて私は言った。

「たとえ世界の違う場所で別々の生き方をしても、いつもあなたの幸せを祈っ
てる。
できたら、ムリだとは思うけど、いい娘を見つけてかわいい子どもたちを持って、
人並みにしあわせに暮らしてほしい。憎しみ合いなんてやめて…
死なないで。生きていればいつかきっとどこかで会えるから…」

私のその言葉には、彼は無言でいるだけだった。

そして、
「きっとまた会えるよね」
「…会えるさ。マドラスまでバイクかっ飛ばしてさ…」 (力なく)

それが私がガレブと交わした最後の言葉だった。




再びバンガロールへ

ところが、思いがけず二度目のバンガロール訪問の機会が、まるで神様が
設定して下さったようにやって来た。
日本に帰国する直前に社長が私たちの帰国ルートをバンガロール経由とし
たんだ。
××貿易バンガロール支社の皆さまに挨拶に寄るためと、マドラスの最後が
大変な日々だったため、休養も兼ねて。

××貿易の皆さま、その節(私は二度)は本当にお世話になりました。






インド大地

空から見たインドの大地


川沿い緑  枯れた川

左 川沿いには緑が。水ってほんとに命の源なんだね!

右 枯れた川。茶色く見えるのは剥き出しになった川底の泥土。
   住民はどうしているんだろう…。



バンガロール上空

バンガロール上空。木々とレンガ色の家々がヨーロッパを思わせる。





『もう一度、ガレブに会える…
でもどうしよう… もう会わない方が、お互いにとっていいんだよね。
そうわかっていて、この間、お互いにどうにか別れを乗り越えたんだよ
…』

私はすごく迷った。
でも、会わずにはいられなかった。
だって、もう二度と会ってはいけない人だと思い、本当に会えないと思ってい
たのに、運命がまた私を彼の元に引き戻してくれたんだよ!

バンガロール滞在はたったの二日間。

私は会社の人たちに、
「前に来た時、友だちになった人たちにお別れの挨拶をしてくる」
と言って出かけた。
オートリキシャに乗ってガレブの下宿先に向かったけれど、留守かもしれない。
心臓が破り裂けそうだったよ。
「やっぱりいてほしい」って願って。

ガレブはいなかったけど彼の友だちがいて、彼を探してくれることになった。
「何があってもガレブなら必ず君を迎えに行くから、夜、出かけるしたくをして
待っていて。
明日、日本に帰ってしまうなら、今日は君の送別会になるだろうから」

それで私は一度、宿に戻って連絡を待ったんだ。
窓の外を眺め、オートバイの音に耳を澄ませ…

一分、一秒が失われて行くたびに、命が削られるような気がした。
私たちに残されているのは、何時間何分何秒?

そして電話が鳴った。
ガレブからだった。
「今、すぐに迎えに行く」って。

その夜のことは忘れられない。
甘く激しく切なく悲しい夜。

送別会の会場は、”さくら” という日本レストラン(実は中国レストラン)で、バン
ドが入っているディスコでもあった。
行ってみると、急なことだったのにたくさんのパレスチナ人たちが集まってくれ
ていた。
何だか「ガレブにはいい友だちがたくさんいるんだな」って安心した。






パレスチナの友人たち12


踊る3 踊る

踊る2
 

ツーショット2 ツーショット4





ガレブは…
彼は初めからがぶ飲みして大暴れ。
バンドにはヤジを飛ばすし、同席の友人にくず紙を投げつけて怒らせたり。
(今、考えてみると彼は、「どうしてこんな集団送別会を設定した?
彼女とふたりきりで過ごしたかったのに!!」って、友だちに怒っていたのかも)

『せっかくいっしょにいられるのに…』 って私もうろたえたけど、

「どうして帰ってしまうんだ。明日?あんな遠い日本へ?
俺の気持ち、わかるめえ」

って、半分泣きべそ。

それでも私たちは何もかも忘れようとするかのように、一緒にいる時間を燃焼
し切った。
もうほとんど会話という会話はせずに、”今、生きてここにいる” ってことを実感
したくてただ一緒に踊り続けるだけだったけど。

私たち、汗と涙でキラキラ光っていたかも。 (キザーッ!)

そして夜もふけて、お店の閉店の時間が来る頃には、ガレブはぐでんぐでんに
酔っ払って、手がつけられない状態になっちゃったんだ。

そこにいた友人たちはみんな彼の気持ちを痛いほどわかって、介抱しながら、

「奴のことは心配しなくていいよ。君はもう帰ったほうがいい。
明日の便に乗るんだろ?」

そして、帰りのオートリキシャを呼んでくれた。

そうして私はそんな彼に後ろ髪を引かれながら、そこを去るしかなかった。

夜道を走るオートリキシャの中でね、私、号泣しちゃったんだよ。
ずっとずっと、目的地に着くまで、涙と嗚咽が止まらなくて、あたり構わず子ど
ものように大泣きしていていたので、運転手さんもきっとびっくりしてたと思う。

『どんな別れだったらよかったの?
この間みたいに、”私以外の人と幸せになって” なんて、ほとんど意味のない
別れの言葉をまた言うことなしに済んでよかったのかも…
彼とのもっと大きな別れの悲しみに対面するようなことにならなくてよかったんだ…』

そんなこんなが頭の中を駆け巡っていた。
『今からでも引き返す? 今生の別れになるよ…!!』

結局私は、未来のパレスチナ戦士の恋人にはなれなかった。

こうしてほんとに短いガレブとの恋は終わったんだよ。
出会ってから友だちになって心が通じて磁石のように強く引かれ合って、
いっしょにいられた時間は本当に楽しくて幸せだった。
それと反比例するように、別れの悲しみが裏側に潜んでいたからだね。

彼がその後どんな人生を歩んでいるのか知らない。
でも、今でもこれらの写真を見て、あの悲しみに裏打ちされた素敵な笑顔を見
せてくれた彼らが、この世のどこかで心から笑っていてくれるといいって思う。





Comments

切なすぎ

たまたま日本ブログ村でこのブログを見かけなんとなくあけてみたところ、一日で一気に読んでしまいました。今日の更新も今か今かと待ちました。切なすぎます。パレスチナ戦士の卵さんとのほんの数日間の出会いと別れ。人ってこんなふうにたった3日間でも心がこんなにも寄り添ってしまえるものなんですね。ガレブさんがその後どうなったのか知りたい気持ちでいっぱいです。美弥さんの胸にそのときのままの姿で残っているのだからそれでいいのかな。。。

Re: 切なすぎ

まこさんへ
一日で全編読破、ありがとうございます!

ガレブについては今どうしているのか本当に知りたいの。
お髭が立派で精悍な顔つきのおじさんになってどこかで平和に暮らしていてくれればいいけど、愛国心が強く純粋であればあるほど、自己犠牲をいとわず戦ってもう亡くなってしまったと思う。
インドに亡命して大学へ行けたくらいだから、きっとかなり裕福な家の息子だったんだろうね。

この記事を見た人で彼の消息を知っている人がいたら、ご一報下さいませんか。
そのために、名前は本名にしてあります。

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胸ときめかし拝読しました!

美弥さんの青春胸ときめき拝読いたしました。
2000年9月から2006年まで駐日インド大使のアフターブ・セット氏とお逢いした時に日本のバガローの名称はインドのバンガロールが元の名前だそうですよ!インドに伝わる諺に「how much weight can an elephant lose?「象が痩せるとしたら、どれほど痩せられるだろうか」少々のダメージに、へこたれるな。と日本にエールを送ってくれました。大使は「象は痩せても象である」を出版しましよ!インドも是非行きたい国です。

Re: 胸ときめかし拝読しました!

いっしょに胸をときめかせて下さってありがとう。それに興味深い話題も。
駐日インド大使とお話されたなんて、つかださんてどんな方なのかなー…(〃▽〃)
私の好きな中近東の諺は、「人は言ってしまった言葉の奴隷であり、まだ言わない言葉の主人である」というもの。これは傑作だと思います。
諺がいい人生の師になってくれるってこと、ありますよね。

Re: 知りたい

好奇心さんへ
すっかりコメントを見落としていました。ごめんね。
返事はしないほうがよくない?

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