3-12 マドラスで通訳 (インド) 

× × × × × × × × × × × × × × × ×

インドは天国と地獄が同居している国

豊かさと貧しさ 美と醜さ 
精神的なもの物質的なものの境目が見えそうな…

日本もまだ生まれていなかった何千年前に
すでに立派な文化があったのです
お釈迦様も将棋もインドから

ごっちゃだから境目がなく全体がひとつで
だから豊かなのかナァ

-旅のメモより

× × × × × × × × × × × × × × × ×


1976年9月初め、私は裕さんたちと2か月半に及ぶヨーローパ・中近東・インドの旅を終え、陸路最終地点のカルカッタ(現コルカタ)から日本へ空路で帰り、
それからまた日本で働いてフランスへ戻ってフランスの大学へ一年行って、
その後また帰国してから、1980年にインドへもう一度行ったんだよ。

前回は貧乏旅行者としてだけど、今回は(インドの物価から見たら)超高給取りとして。
だから、二つの立場からインドを見たことになる。

貧富の差が激しいインドだから、このコントラストはすごいね。
インドのホテルマンの月給が日本円換算で 4,500 円、
最高で銀行の頭取が15,000 円 というという時節に、
私が通訳として行った会社が社宅として借り上げてた家の家賃が、
30,000 円だったんだよ!
それに、料理人と車とドライバーまで揃ってた。

前回は中近東経由でインドに入ったけど、今回は南インドのマドラス(現チェンナイ) という町へ飛んだ。
マドラスは ”マドラスチェック” で有名だね。


インド地図2
 東方観光局 インド地図



マドラスの大通り  

牛車

マドラスの大通りマウントロード。イギリス風建物の前を牛車が行く。 

北インドとは、ずいぶん雰囲気が違う!



× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


どんな仕事かというとね、
日本で銀座の高級デパートへも商品を納品している日本のハンドバッグ製作会社が、一年半余り前に、”インドならいい皮が安く入るし人件費も安く済むから” って、インドに工場を立ち上げていた。
それで、日本人社長と技術指導員現地のマネージャーと従業員たち との意思疎通がよりスムーズに行くようにと、
今回は私もスタッフに加わり、通訳として同行することになったわけ。

イスラム教徒のマネージャーは体格もよく精悍で、さすがに階級制度が徹底しているインドのこと、従業員に対して可哀そうなほど威圧的だったけど、
階級制度がない日本人の私たちは、どんな下層階級の従業員とも同じひとりの人間として接していた。

そんな従業員たちは、気候・風土のためもあるのか、
”一生懸命がんばろう”って気概は感じられず、特に細かい作業に集中させることが最初はとても難しかったということだった。
ミシンを見たことも触ったこともない人たちだったからね。
だから、直線縫いができるようになることが第一の難関だったって。

おもしろいことにね、直線縫いができるようになっただけで、自分はもう技術者になった気になって、辞めたり他社に自分を売り込みに他社へ行った者もいたそう。

全体的にのんびりしていて、女性従業員たちはミシンをかけながらも、あっち向いたりこっち向いたりして映画の話や夕飯のしたくの話題で賑やか。
インドでは、製品の縫い目が少しくらい曲がっていても誰も気にしないんだ。

でも、その従業員たちも、私の身の回りの日本製の持ち物あれこれの端正に走る縫い目を見て、それらが全部安物(私の持ち物だもの)と知って、
「日本製の出来栄えは、ハンカチに至るまで、何もかも超一流!」
と感嘆。
きちんとした物が作れなければ通用しない、と悟ったみたい。


さて、初日に早く出勤して、私が事務所のお掃除をしていた時のこと、
後から出勤して来た彼女たちがね、私に何て聞いたと思う?

「なんであなたはそんなことをするの?!!
インドでは、お掃除は身分の低い人たちの仕事なのに!!」

それで私はね、
「だって自分たちが使う場所じゃない。自分の家と同じでしょ。人にしてもらわなくても自分できれいにした方が気持ちいいから」
って言ったんだ。
ここでは、汚い仕事はカースト制度の階級の低い人たちがやるって決まってるんだね。
従業員たちだって、決して高い身分の子たちじゃないのに。



× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


女性従業員たち  女性従業員たち 
                  
 彼女たちの給料は、一日
 4ルピーから17ルピー。
 (当時は1ルピー30円)
 



貧しい子は木綿の服、少し余裕のある子は最新ファッションの ”ポリエステル製” サリーを着ている。
ポリエステルは絹の次に高価。



指導中  技術指導中
 
 右は同行した日本人職人
 I さん。
 彼は2度目のマドラス出張。
(これ見たら連絡下さーい)






× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


その翌日の朝、私が出勤して前の日と同じように事務所のお掃除をしていたら、なんと、女性従業員たちが定時より早く次から次へとやって来て、いっしょにお掃除を始めたんだよ。
「あなたの言う通りよ。私たちも、自分たちが仕事をする場所は自分たちでお掃除します」 と言って。

(もしかしたらそれは、カーストの低い人たちの仕事を奪ってしまったんじゃないかって気もしている。郷に入ったら郷に従うべき? )

しばらくするうちに、他にも従業員たちには変化があった。
従業員たちとの間に、信頼関係が生まれて来た。

インドでは、現地のスタッフに郵便物の投函や買い物を頼むと、時々切手を剥がしてねこばばしたり、おつりは必ずと言っていいくらいごまかすそう…
それが当たり前で、切手一枚剥がして売れば、貧しい家族だったらそれで一日暮らせるからだって。

うちの従業員たちも最初はそうだったけど、日本人との間に信頼関係が生まれて、だんだん心が通じ合うようになって行ったんだよ。



× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×


借家とタビー君2 借家の庭と牛

(左) 右が社宅として会社が借りた一軒家で、左が大屋さんの家 
(右) 時々放浪牛が庭に散歩に



窓のリス 私の部屋の窓に巣を作っていた
 リスの赤ちゃん。

 帰国の頃にはもう大きくなって
 庭をかけ回っていた。










料理人ドレイ  料理人、ラージャ
 ビルマ人の彼は仏教徒で菜
 食主義者。
 穏やかで目がとても澄んで
 いた。日本人に合うお料理
 を作ってくれる。






彼は戦時中、ビルマで日本の憲兵隊の料理人をしていたんだって。
「みんな長いナイフ(刀)を持っていたなあ。
日本へ帰る時、私を呼んだので怖くなったが、しずしず行ってみたら、みんなで私を胴上げした」

私たちがおむすびを作っているのを見て彼は、
「ああ、見たことがある。ビルマで直撃爆弾の降る中で、子どもを失った日本人の母親たちが泣きながらこのライスボールを作っていた」って話してくれた。




マドラス美術館

私のお気に入りのひとつ、マドラス美術館


マドラス美術館と私たちの専属運転手  
 手前は会社の車とお抱え
 運転手。
 
 車はインドの高級国産車、
 アンバサダー。






マドラス風景

ここもまた別の 好きなスポットかな


工場の屋上で

工場の屋上より

(上)工場のあるビルの屋上で。 
ここにいると、日本では色黒の私も、「ひょっとして私は白人かも…」 って錯覚に陥る。
屋上の隅には貧しい一家族が住んでいた。

(下)屋上からの眺め。手前はビルを壊した跡だけど、貧しい人たちが来て、売るためにレンガの破片までかき集めて行ったそうで、何も残っていない。



ふやけた手 あまりの暑さにふやけて、あせ
 もでしもやけみたいに
 ただれてしまった手のひら。

 汗の塩分で、痛がゆい。




× × × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×

(次号に続く)


Comments

ただただびっくり

ふつうの女の子じゃないでしょう?!超飛んでますよ。でも私にはできないことをいろいろやってくれて爽快です。危険と健康には気をつけてね。

Re: ただただびっくり

初コメントありがとうv-238
おかげさまで今まだ無事に生きてこうして思い出しながらブログが書けてること、感謝です。
誰かがいつも守ってくれてたんだって思ってます。
でも旅っておもしろい。人生も旅そのものですよね。いつかこれって何かに辿り着くための修行のような気がします。
ひとりひとりが納得できる”これ”ってもんを見つけられるといいよね!
残りあとわずかですが、もう少し続きますのでよろしくお願いします。

なんて素敵なんでしょう♪

偶然、ノルマンディーを検索していて美弥さんの「ふつうの女の子」を見つけました。

ホントにすごいです、これ!ノルマンディーどころか、ついついここまで来てしまいましたよ。まるであのフェリックスの手紙シリーズを読んでいるようでした。チャーミングで逞しい美弥さんが、あのうさぎのフェリックスとダブるのです。

私自身も美弥さんと同じような心もちで、20年前にスーツケースを二つ持って成田を出発しました。貧乏だったけれど、心豊かな学生生活を送ることができたのは、やはり行く所々で色々な人に助けられたからでした。今夜はお世話になった人々のことを思い出し、あらためて感謝の気持でいっぱいになりました。

ところで美弥さん、裕さんの後、生涯を共に過ごせる相手にめぐり合うことができましたか?続きを楽しみにしています。

ノルマンディーには5月に行く予定です。(^^)

Re: なんて素敵なんでしょう♪

きこさんへ

ありがとう。
私もこんなお便りをいただけて嬉しいです。
今でも旅に出られて羨ましいな。

ノルマンディーに5月にでかけるのね。
いい季節じゃないですか!
時間が取れたらブルターニュの方へも足を延ばしてほしいけど、
欲張りは禁物ね。
お気に入りの場所を見つけてそこでのんびりする方が豊かかも。

私がいい伴侶を見つけたかどうかは、最後にします。
引き続きいっしょに旅を楽しんでくださいね。
(今では翼を持っているのはあなたの方だけど…)

重たい翼

ブルターニュ、素敵なところのようですね。美弥さんの旅行記で色々と学ばせてもらっています。チャンスがあれば是非行って見たいのですが、なんせ重たい翼(両方のウィングに40パウンドずつとテイルに180パウンド)を抱えているので、あの頃(20年前)のように身軽ではないのです。

両方のウィング=二人の子供
テイル=だんな

休暇の大半をノルマンディーの農家のターブルドットで過ごす予定です。子供達がまだ小さいので、観光はそこそこに、家畜のお世話のお手伝いなどさせてもらえればと思っています。あとは、サンドウィッチを持って公園や海岸に遊びに行くくらいですかね。モンサンミッシェルとバイユータペストリーは絶対に見たいと思っています。(^^)

Re: 重たい翼

きこさんへ

楽しみねー、翼は重たくても、喜びも倍増じゃん。
20年前にはどちらに留学されたの?

今日、マドラス編の続きをアップしますので、(只今奮記中)また見て下さいね!

がんばってるやないか

たまには開けてるで。読んでるっちゅうより見てると言ったほうがいいかもしれんけどな。
  • [2009/04/13 18:57]
  • URL |
  • 元スーパーマン日本男児
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

Re: がんばってるやないか

紹介します。第2章23話に出てきたスーパーマン日本男児さんです。
この頃いっしょに登場したちゃんちゃんこと共に、今でもいいお友だちなんですよ。
ちなみにこの元スーパーマンさんは私のスーパーマンではありませんでしたが、現在も独身です。
どなたか候補いかがです~?

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する