通訳よもやま話(2)ドジしたエピソード 


バンクー-バーオリンピック、終わってしまいましたね。
アスリートたちのがんばりには、いつも新鮮な感動と熱い涙を覚えます。
オリンピックを観るのに忙しかったこともあるけど、それに関連した私のドジな体験をお話するのはちょっと気が引けて、今日まで延ばし延ばしになってしまいました。間が空いてしまって、ごめんなさいね。



さて、お話はこうです。

オランダのスピードスケート選手、コーチ、チームドクターさんたちがある国際交流イベントに参加してくれた時に、私がボランティア通訳として出かけたんだけれどね、
私がとんだドジを踏んでしまう土台が、最初にされたその選手、コーチ、そしてチームドクターの紹介の中に潜んでいました。
チームドクターのお名前が「ドクター シュミッツ」だったのよ。
お話のメインパートに入る前に、このことをちょっと頭に入れておいてね。

さあ、さまざまな歓迎のプログラムが終わり、参加者全員が大きな会場に集まって、選手たちの話を聞いたり、質問したりする時間になりました。
金メダリストがぞろぞろのオランダスピードスケートチームですから、そんな場面に立ち合える観衆もドキドキワクワクだったでしょうね。

そこで、「どうしたらそんな一流の選手になれるのか」っていう質問が会場にいた小学生から出たの。
そこで、オランダの選手のひとりがこう答えたんです。

「努力、努力。とにかくトレーニングを一生懸命続けること。
ミスター シュミツもあんな小さな体でがんばっているだろう?」

(?は?)「ミスター シュミッツ? それはどなたなんでしょう?」

と私。本人に聞き返しました。
私は、通訳をする時は、わからないところがあれば勝手に想像せずに、わかるまで何度でも聞き直すことにしているので。
すると彼は、「あのミスター シュミツだよ、小さな体の」
と言って、ミスター シュミツさんという人の滑り方を真似してみせたの。

私は、「はあ、そういう名前の選手がいらっしゃるんですね! 体は小さくてもがんばれば大丈夫だそうですよ」


皆さんはもうわかりましたよね?
誰でもわかりますよね!

このオランダ選手は、日本人が英語の「オハイオ州」を「おはよー州」、「アリゲーター」を「ありがとー」とか自国語で似た語呂の単語で覚えようとするように、
たぶん「ミスター清水」を「ミスター シュミッズ」とかいうふうに覚えたのでしょう。
正しい日本語の「シミズ」はヨーロッパの人たちにとっては難しい発音なのだと思います。
(そういえば、「りゅうじ」という名前も言いにくくて、彼らは「ルイジ」と言っていました)

私はその前に、「ドクター シュミッツ」というチームドクターの名前を聞いていたので、それが頭にしっかり残り、選手の口から「シュミッツ」とも「シュミッズ」とも聞こえる得たいの知れない名前が出た時に、「きっとオランダ人選手なのだ」と思い込んでしまったのでした。
先入観というのは恐ろしいもので、通訳の敵であります。

そういうわけで、そこにいた人たちは全員、そのオランダ選手が言っているのは清水宏保選手のことだとわかり、私一人だけわからないでいたのでした。(その瞬間は、なんという摩訶不思議な世界)
質問に答えて下さった選手さん、そして清水宏保さん、本当にごめんなさい。

でも、清水選手が滑る姿を真似して見せて下さったので、会場の皆さんは全員、それが清水選手のことだとわかったこと、そして全体を通してとても心暖まるエキサイタティングなイベントだったので、みんな笑って私の失敗を許して下さった(らしい)ということが、私にとっては素晴らしい思い出になっています。



恥ずかしさもいっぱいだれど、これもなかなか体験できない貴重な思い出なので、読者の皆さまにだけお話しました。
次号はもう少し早く書くようにしますね。



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オランダTV局スタッフ

その時、取材に来たオランダのテレビ局スタッフと記念撮影。
なんと、レポーターさんにお姫様だっこされてしまいました。



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通訳よもやま話(3)オランダの皇太子との小さいけど素敵な思い出 


長野冬季オリンピック終了後の出来事です。

オランダの選手、役員、コーチ、スポンサー会社のVIPたちなどが、とある日本旅館に立ち寄られたのですが、私はその旅館に、通訳とお世話係として待機していました。
スピードスケートでメダル総ナメ状態で連日新聞の一面を飾っていたあの選手、この選手の顔も。スリッパの履き方、脱ぎ方(揃え方)から、お料理や温泉の入り方など楽しく説明させていただきました。
お祝いの会、お疲れ様の会でもあるので、みんなとっても明るく楽しそうでした。
もちろん日本旅館も日本料理も温泉も初めての人がほとんどですから、何もかもが珍しく興味しんしん、という感じでしたよ。

そしてなんと
その席に オランダの皇太子様もいらっしゃる という報が入りました。
皇太子様のスケジュールは、警備の関係から、前もっては通知されないのだそうです。
だから何時にお着きになるかという予定も知らされず、まずインカムを耳につけたものものしい警備の方たちが先に着いて安全を確認しつつ、「今、お車がどこの角を曲がられた」とか常時連絡し合っていました。
超VIPがいらっしゃるって、こういうことなんですね。



その皇太子様の写真(当時)


皇太子様がお着きになり、みなさんとご一緒に懐石料理をお召し上がりになりました。
私がお料理の説明をしたのですが、何十人という人数に、いく品もあるお料理を時間を見計らっていっぺんにお出ししなければならないので、てんやわんやでした。
一品一品が間を置いて次々に小出しに出されるわけですが、次のお料理が出るまでにかなり時間がかかってしまった時には、ちょっと間延びした雰囲気になった場面もありました。
おしゃべりでつないだりもしましたけれど。
外国の方たちにとったら、その間ずっと畳に座っているというのも辛かったかもしれませんね。


さて、皆さんが温泉体験をすることになりました。
その旅館には、混浴もあったんですよ。
常時、着替え室には混浴に入るお客様のために体に巻く用のバスタオルが用意されているのですが、大変困ったことになりました。
オランダの方たちは身長がすごく高いんです。
女性でも180センチ、190センチの方はざら。
お泊りのオランダ人VIPのお客様方の浴衣やおふとんは特大を特注してご用意したのですが、バスタオルのサイズまではスタッフの誰も気にしませんでした。
私は女性の着替え室に入り、女子選手たちに「こうやって巻いて入るんですよ」と説明したのですが… みんなただただ笑いころげるだけ。
想像できるでしょ?
バスタオルが小さすぎて、大事な部分が全然カバーできないんです。
どうやって混浴のほうに入られたのか、私はそこまではご一緒しなかったのでわかりません。

そして… 私の生涯で一番素敵なできごとのひとつともいえる体験が待っていました。
皇太子様が浴衣にお着替えされるお世話係をおおせつかったのです。
もうひとりのベテランの仲居さんと二人で。

宿の責任者によれば、
「若い女の子よりも年配のスタッフのほうがいいから」
ということだったのですが、失礼な!!
その時、皇太子様は39才の独身、私はまだ40代半ばです!

美しい日本庭園を望む宿の一室で、皇太子様に浴衣の説明をしながら、きれいに着せて差し上げました。
警護の人もドアの外で待機するのみで、さすがに部屋の中までは入って来ませんでした。

皇太子様も例に漏れず、とても長身でした。
高貴で威厳があり、礼儀正しく、その時は、レディー(ばあちゃんかい?!)の前でお洋服を脱がれるという状況ですから、ちょっとこわばった表情をされていましたが…

皇太子様は他の皆さんより先にご出立になられましたが、お別れの時、私はオランダ語で、「またね!」と、気さくに皇太子様の後ろ姿に声をかけました。
(なんと畏れ多い!!やっぱオバちゃん代表?!)

するともう数歩、お車に向かって歩き出されていた皇太子様はびっくりされ、振り向かれ、わざわざ私のところまで戻っていらして、
「その言葉は誰に教わったのか?」
とお聞きになったのよ。
オランダの方に教えていただいたことを告げると、にっこり微笑まれ、
「またね!」
と、同じ言葉を返して下さいました。
まわりにいた人たちは、皇太子様と私が何を話していたのか、全然わからなかったでしょうね。
オランダ語と英語だったから。
不思議だったでしょう。

まあ、それっきり、全然、国境を越えたラブロマンスのきっかけにはならず(あたりまえじゃ!)、数年後、この皇太子様のご成婚がニュースで伝えられました。

39才独身、長身、透き通るように色白で美しくハンサムな北ヨーロッパの国の皇太子様ご接待のお手伝いさせていただき、
そして1m以内の距離のところで 「またね!」 って、オランダ語で言葉を交わした日本女性はそんなにいないのではないでしょうか?
(雅子様はどーかなー…英語じゃないかなー… ン? ライバル心?)

「英語を一生懸命勉強して良かったな」
って思えたいち出来事でした。

皇太子様、どうぞお幸せに。



お幸せにお暮らしのその皇太子様と雅子様の記事がありました。
(クリック)

2006 オランダの皇太子ご夫妻と雅子様関連記事



(現在は国王に即位されていて、皇太子と雅子様が昨年でしたか、
 即位式に行かれましたね! 2014. 3 記)