2-36 ワトソン氏との出会い 


大好きな先生の転任にくっついて優香といっしょに転校した学校は全寮制。
寮費は三食付で月 35,000円 なんだけど、週末はまかない婦さんたちもしっかりお休みのため食事は付かない。
なので週末になると、新しいルームメイト、ノルウェー人のビビと部屋の中でピクニックをしたり、仁さんの屋根裏部屋に例のごとく集まって日本料理のまがいものを作ったりしている。


学校の新入生歓迎パーティーはね、各国生徒たちによる故国の伝統的出し物の競演になった。
顔を半分隠した民族衣装のペルシャの女の子の踊りのすっばらしかったこと!
アリババの世界の妖しくセクシーな踊り子が、時空を越えてその場に飛び出してきたようだったよ。

日本はもちろん、名取りの優香の日本舞踊。
彼女は衣装や音楽カセットテープなどの小物一式をそういう時のために日本から送っておいたのだけれど、
これも、日本人形が命をもらって、ガラスのケースから飛び出してきたようで。
その美しさには感激して涙する人もいた程。 (実は私)


その頃だった。
仁さんや真さんが借りているアパート(イギリスでは、”フラット”という)の大家さんの噂を耳にするようになったのは。
その人はワトソンさんといって、ふだんはウエールズに住んでいて、オックスフォードには時々家賃の集金に帰って来るだけなんだって。

アパートを探している、作家の卵の村上君という同じ学校の生徒が、ワトソン氏のオックスフォード出現を今か今かと待っていた時だ。

ワトソン氏は白髪の英国老人で、とても頑固でケチで、部屋の使い方あれこれから廊下の歩き方にしても、「カーペットが傷まないように」とかいちいちこうるさいんだけど、困りごとで相談に行くと、とことん力になってくれるんだって。


そんなある日のこと、やっとワトソン氏をつかまえた村上君の英会話の助っ人としてワトソン氏の顔を見に行っちゃった。

中古なのかアンティックなのかわからない微妙なセンスの家具と古びたたくさんの本の詰まる壁に囲まれた、シンプルだけど落ち着いた感じの応接間に私たちを通して下さったワトソン氏は、光沢のいい革張りのアームチェアに深く腰掛け、ひじの擦れたよれよれのカーディガンにたばこの穴だらけの乗馬ズボンのような時代遅れのズボンで、鼻めがね越しに、おでこに皺を寄せつつ、覗き込むようにして頷きながら、私たちの話を聞いて下さった。

私は習った英語が実際に使えるのが嬉しくて、しどろもどろながらぺらぺら、ペラペラ。
ワトソン氏は時々微笑みながら、わかりやすい、はっきりした英語で応対して下さった。

私はこの、80才にも見える、厳しくも優しそうなおじいちゃんがちょっぴり好きになった。


村上君の部屋の話が決まった頃、内側が茶渋で見事なこげ茶に染まった、もともとは白いマグカップでミルクティーをいただきながら、私はイギリス人のワトソン氏なら、オペアガールかベビーシッターを探しているイギリス人家庭に心当たりがあるのではないかと考え始めた。

油まみれのレストランでのバイトに、いい加減うんざりし始めていたから。





     ミニ オックスフォード案内



新しいクラスメイトたち


新しい学校のクラスメートたちとオックスフォードカレッジ巡り。
スペイン、コロンビア、ベネズエラ、ケニヤなどからと、多国籍。




OX大クレスト


オックスフォード市と、オックスフォード大学 カレッジごとの紋章






       オックスフォード大学の 特種 (とくだね) 

ストリッパー


ある日、ハイストリートを歩いていたら、大学の屋上に裸のカップルがいた。
お巡りさん(右の建物の屋上にいる)に向かって挑発的に踊ったりして。
何かを主張するために、民衆の注目を集めているのかなー…

名門オックスフォード大学生の中にも、こういう人たちがいるんだね!



  

2-37 オペアの仕事を探す 


ワトソン氏は知っている限りのイギリス人家庭に電話して下さったけど、オペアガールを必要としているところはなかったんよ。

最後に、オペア紹介所に問い合わせたところ、一件、求人が来ているとのこと。
所在地を確認し、地図まで描いて下さって、

「あなたの立場を理解し大切にしてくれるかどうか、相手の家庭をよく見て決めなさい。何かあったらまたいつでも相談にいらっしゃい」

外国にいて、外国人である私たちにとって、ワトソン氏のような親切なイギリス人と知り合えることは、ほんとに心強いよ。


早速オペア紹介所へ行ってみると、もう、緊急にオペアを必要としている老牧師夫妻が私を待っていた。
娘さんがガンで床に伏しているので、3人の孫の世話をしてほしいとのこと。

“午前中は家事、そして午後3時に孫たちを学校へ迎えに行く” というのが私の仕事。

あれ? ちょっと待って…
それでは学校へはいつ行かせてもらうの?
“学校へ通うあい間に家事手伝いをする” というのが、オペアガールシステムのはずだけど…

「午前中、学校へ行かせてほしい」
という私に、彼らは急に冷たくなり、
「結構だ。来てくれるというメイドもいるし」
と、とりつく縞もなく、帰ってしまった。


それから数日後、来るはずだったメイドさんに断られた彼らは、また優しい態度で私に連絡して来た。
私は紹介所での彼らの態度に不安を感じていたので、ワトソン氏に相談に行くことにした。
またあのおじいちゃんに会う用事ができて嬉しかったしー。

ワトソン氏は、
「牧師さんにもいろいろあるから、それだけで信用してはいけませんよ。
彼らがあなたに望んでいるのはメイドの仕事なのに、メイドを雇うと高くつくので、オペアを探したのだろう。

今だから言いましょう。
実は私の母もガンで病床におり、付き添いの人を必要としています。
イギリスにはこれだけ失業者がいるのに、病人の世話をしてくれる人はなかなか見つからないのです。

先日初めてお会いした時に、あなたが日本でガンのおばあさんの世話をしていたと聞いて、”私の家に来ていただけたら”
と思いましたが、あなたにできるだけの選択の自由を与えたくて、最初に言いませんでした。

今、付き添いをしている私の妹は目が不自由なので、その妹の手助けをしたり、母の話し相手になって下さればいいのです。

家はウエールズの小さな村にあり外人は一人もいませんから、英語の勉強にもいいでしょうし、素朴で暖かい村人たちもあなたを大歓迎してくれるでしょう。
よく考えて返事を下さい」


そうして私は、オックスフォードから西へ車で4時間のウエールズの小さな村へ、オペアガールでもメイドでもなく、ワトソン氏の家族の一員として移り住むことになるんだけど、

その時は、ワトソン氏がオックスフォード、ハーバード大などの名門校の学位を6つ持ち、それらの大学教授を経て米国ナサ基地でロケット打ち上げ博士の一人でもあった、なんて、知るよしもなかったさー!!





ミニオックスフォード案内



     
oxuni秋




oxuni.秋








OX大で着物2

なぜか着物を着ている。



OX大お茶会

”ジャパニーズ ソサエティー” という会があって、
日本のことを紹介したりしているんだ。
そこで茶の湯の紹介をした時のもの。

(借り物なので、袖が短いでーす えーん




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             お知らせ


愛する読者の皆さま!!

おかげさまでここ数週間、FC2ブログ 「旅行」 - 「一人旅」
ランキングでずっと1位をキープしていました。
皆さま、本当にありがとう。

さて、2位とのポイント差が3倍以上になったので、ここでふと
深く考え、

エントリーカテゴリーを 「海外旅行」 に変更することにしました。

「どうせ1位なんだから、俺が、私が投票しなくてもいいでしょ」

ってことになっているらしい気配もあり…
ほんと、せっかく投票してもらっても順位が同じでは、投票しがいが
ないかもしれないし。
(なーんてぜいたくな!)

それに、最初は確かに 「一人旅」 だったけど、
行った先で知り合った人たちと旅することも多くなって来たしね。

「海外旅行」 の方は、エントリー数も多くて競争率高いから、
3位入賞は難しいだろうけど、
そっちの方が、興味を共有する人が見てくれる可能性も高いと思うし、
まあ、10位以内にいられるよう、ぜひまた応援してね!

引き続きよろしくお願いしまーす。 kao03

ありがと、ありがと 涙



本編の連載は終わっているので、2011年7月現在、投票ボタンを
外す作業をしています。でもこのお知らせは、記念に残しておくね!)



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2-38 オックスフォード仲間との別れ 


優香はとうとうオペアをしていた家庭の奥さんのオペアいびりに耐え兼ねて、2~3日のつもりでロンドンの知り合いの家へ家出したんだけど、1年のオペアガールとしてのビザと契約書に反するということで捜索願を出され、婦人警官に連れ戻された。

その後それまでのオペアの契約を解消。
私に荷物を預けてロンドンに新しいオペアの仕事を探しに行ったところ…
上流家庭のおめがねに叶ってマイフェアレディーのような生活をしているとの事だったけど…。

私のウエールズ行きに行き場を失った彼女の荷物をロンドンまで届けてあげた仁さんの話によると、
ツンとしてお礼もろくに言わず、待ち合わせ場所に一緒に来たその家のご主人と高級車でさっと去ってしまったって。

あとで本人に聞いたところによると、そこでもご主人に言い寄られ、奥さんとの間で板ばさみになったという。


真さんは、例の婚約者とケリをつけるためにロンドンの宝石学校通いを保留にして帰国。
仁さんもとうとう、二年間もジプシーの写真を撮り続けた、愛するスペインとカルメンのもとへ帰ることになった。
私ももうすぐ、ウエールズの小さな村へ…


そんな頃、寮に一通の手紙が届いた。
日本の元カレから。
(出ましたぁ~っ!私にだって彼氏のひとりやふたりはいたさー

私のこと、「爽やかすぎて ”女” って感じがしない」 「妹みたいだ」 とか、
「これからも兄と妹のような感覚でつきあって行こう」 とか言って、いつも他の、
もっと ”女” を感じさせる女の子たちと、気軽に恋を繰り返す。
(私の親友だった子も含め)

でも私は自分に自信がなかったから、心の中では泣きそうで、でも、何ともないふりをしていた。ノーテンキと思われるゆえんかな。
"今" が壊れてしまう怖さから、
"それくらいなら少しくらい辛くても、今のままでいい" と思ってしまう。

かといって彼は、そんな私をキッパリ振るわけでもなく、
「キミには俺なんかより、もっとふさわしい男が現れるハズ。
俺に構わず、もっと自由に恋愛もしろ」

なんても言ってみたりもして。

たとえ妹扱いでもいい。他の女の人とのラブストーリーを聞かされてもいい。
私はそんな彼の自由奔放さが好きだった。
彼の人生を見ていたかったし、その中に存在もしていたかった。
どんな形でもいいから、彼と繋がっていたかったんだ。

へんな女心だよね。
でも大好きで大好きで堪らなかった人だから、本当はそんな状態がとても辛かったよ。

今度もね、
「そばにいなくなってやっと目が覚めた。すぐに会いに行く。」 という文面。

嬉しかったけど、すぐに不安の方がムクムク…
また同じことの繰り返しかも…
今度は、外人の女の子に取られるのかなあ…

それに、気になるのは、
「日本にいても、どうせしょうがないから」 って箇所…。
(日本にいてしょうがない人は、どこへ行ってもしょうがないって誰かが言ってた)

私はこれから遠くの家へ住み込みで働きに行く身。
せっかく頼って来てもらっても、何もしてあげられそうにない。
どう考えても、彼と私のラブストーリー ”続編・異国でハッピーエンド完結版”
成立の見込みは薄いでしょ。

どうして手離しで喜んで、
「早く来て!」 って言えないのか、自分で自分を 可愛い女じゃないな、とは
思う、思うよ。
だけどね…。 うーん…。


結局、
「ちゃんとした目標を持って、一人でもやって行ける自信を持って来て」
と出した返事に反応もないまま、ウエールズに旅立つ日が来てしまった。
よく行った仁さんの屋根裏部屋にお別れを言いに行き、心細い時、ひもじい時、いつも慰められ力づけられた手煎りのコーヒー、フラメンコギター演奏、そしてアドバイスにお礼を言うと、涙がポロポロ。

仁さんも、

「あなたは若いが、教えられたことがたくさんある。 お礼をする機会のないまま、
残念だ」

と、涙をこらえて。

元彼からの手紙を見せると、

「こんな勝手な男!」

と、 あぁっえぇ!!  大事な手紙をビリビリ。

それからひどく申し訳なさそうに、

「悪かった。
俺にはこんなことをする資格はないのに。
かわりに美弥さんを幸せにしてあげるならまだしも、今の俺には力もないし…」


その仁さん、私が去ったその夜、日本人同士の飲み会で、

「3年も外国を放浪していると、人との出会いや別れは日常茶飯事。
もう涙も出ないよ」

って、大笑いしたそう。





     ミニ オックスフォードとその周辺 案内



おもちゃ屋さん2

バンブリーロードとウッドストックロードをつなぐ、リトルクラリンドン
ストリートにあるおもちゃ屋さんのショーウインドウです。




オックスフォードおもちゃ屋

見えるのは、ドールズ ハウス (お人形さんの家)
どこの国へ行っても女の子のおもちゃは同じ(?)だけど、
とってもイギリスらしい。




st.デイビスsc.

町はずれにある、セント デイビス スクール(高校)入り口
入ったところに掲示板がある(これもどこでも同じ?)





stowe.school入口

こちらはオックスフォードとシルバーストーン(カーレース場)の間にあ
る、STOWE スクール(高校)入り口
シルバーストーンにオートバイの後に乗っかってレースを観に行った
時に撮ったもの。

バイク用ジャンパーは借りものだけど、まだ黄色い胸当て付きジーン
ズを着ている。
 orz



stowe高校生

通りかかった高校生。
入り口から事務所までは何キロもあるそう。

何だか日本の学校とスケールが違うね…!





bikers2.jpg

このずっとあと知り合ったイギリス人の友人たち。
バイクでいろんなところへ連れて行ってもらった。



オートバイ1

彼らのオートバイ。 どこ製?



 

2-39 ウェールズの村へ 


ワトソン氏と美しいウェールズの田園風景の中、(英語で!)おしゃべりしながら着いたのは、スワンジーとブレコン ビーコンの間にある小さな村。
そこには英語の語学学校はないどころか、村人たちは生まれてこのかた一度も外国人に会ったことも見たこともない人ばかりだという。

学校の語学コースは3か月が一学期なので、さしあたり新しい学期はどこの学校にも申し込まず、ウェールズでワトソン氏の家族と暮らすことにした。
学校へは行けなくても、日本語が全く使えない環境にいれば、毎日の生活が生きた英語の勉強の場だ。
私はまたとないいい機会だと考えて、新しい世界に飛び込んでみることにしたよ。

どこに行っても何にでも精一杯取り組んでいれば、きっと大丈夫。


ウェールズはイングランドとは民族も言葉も違う、もうひとつの国だったんだけど、イングランドに征服されてからイギリスの一部になってしまったんだ。
人々は今でも英語とは全く異なるェウェールズ語を話し、学校で英語を習うものの、スコットランドと同じくイングランドに対しての深い敵意と憎しみ、そして独立の望みを持っている。
一時は炭鉱の国として知られていたけど、多くの炭鉱は閉ざされ、廃墟となっている。
これといった産業もないので、イングランドに頼らなければやっていけないというのも現状のよう。

でもウェールズの大学の数はイングランドよりもずっと多く、イングランドで教えている教授の三分の一はウエールズ人だとか。
そういえば、スコットランド人も、

「イギリスは海軍が強いと言われているが、優秀な軍人はみなスコットランド
出身だ。
他から取るばかりで、イングランドには何も無いのだ」

と言ってたっけ。


 イギリスというとイングランドと思う人がよくいるけど、実は民族も文化も違う
 4つの国々(イングランド、スコットランド、 ウエールズ、北アイルランド)の
 総称なんだよ。
 つまり、”イギリス”= ”ユナイテッド キングダム (UK)”。

 そしてもうひとつの呼び名、”グレイト ブリテン” というのは、 北アイルランドを
 除くイギリス本島のことをいうらしい。 

 私も日本にいた時は、”グレイト ブリテン” が何だか知らなかった。 
 

ワトソン氏は、公平で信望のある炭鉱夫だったお父さんに、

「勉強が嫌いなら炭鉱夫になれ。
人間は世の中に生きている限り、勉強するか働くかしなければいけ
ないのだ」

と言われ、二週間、石炭を掘ったけど、暗くて空気が悪くて危険な足場での、腰を屈めての重労働に、
労働者への尊敬の念は学んだものの、

“これなら勉強した方がまだマシだ”

と思ったそう。

それから奨学金で英・米5つの名門大学の学位や博士号を取得。
物事をいろんな角度から見、考えられる人になろうと、神学、法律、文学、歴史、物理学、航空宇宙学と何でも学び、

はては
“ふつうの人間の本質を理解するためには、まず精神異常者の世界から”
と、心理学の研究に入り、テキサス大医学部での教授時代、学士院会員にもなったそう。

その後、パリにあるヨーロッパ宇宙開発機構の責任者になったけど、華やかな生活に意味のなさを感じ、教授生活に戻り、
95才のガンのお母様の具合が急に悪くなるまでは、オックスフォード大学で教えていらしたとか…
(”プロフェッサー” ではなかったみたいだけど)

そういえば、オックスフォードのワトソン氏の応接間のドアに掛けてあった、黒くて大きくて袖の長い、作業マントのような布…(?!)
ナンと! あれこそ、深遠なるオックスフォード大学教授のはおる、厳粛にして名誉ある黒ガウンだったのです。

学歴や地位にも驚いたけど、それらを全部捨てて母の看病に専念しているワトソン氏に、人間的暖かみを感じたよ。

米国ナサ基地での、科学者顧問としての宇宙開発パイオニア時代、パナマ運河建設計画に関わった際の科学的な障害の乗り越え方など、
おもしろくて、ウェールズまでのドライブは、あっという間。


ところでさぁ、気がついた?
私、いつの間にか英語でこんなあんなをワトソン氏とおしゃべりできるように
なってない?!

ワトソン氏は仕事で世界中を飛び回り、外国人といっしょに仕事したり教授をされたりして、相手にわかりやすい英語を話すことに慣れていらっしゃるのだろうけれど、
それにしても自分でびっくりだよ。 …ね!

最初は会話を聞いていても、全部つながって聞こえて、ところどころの単語を拾うのがやっとだった。
そのうち、ひとつひとつの単語のくぎりや、わからない単語とわかる単語が識別できるようになり、
わかる単語の数が増えて、わからない単語の意味を前後の文脈から想像して全体をの意味がつかめるようになって来た。

やっぱり英語の環境にいるってことが強みだよね。
生活するのに必要だから、わかろうといつもアンテナを張り巡らして全身を耳にしてるんだ。

少ししかわからない頃は、会話の内容にも限界があって、お天気だの ”どこへ行った”とか、”何を食べた” とかいう簡単なことしか話せなかった。
でも、耳が慣れ、よく使われる単語や言い回しがわかって来たら、自分でもそれらを使って少しずつレベルの高いことも会話に入れられるようになって来た。
それが相手に通じた時の嬉しさ!

聞いてわかり伝えることもできるようになると、話すことがどんどんおもしろくなってくる。
毎日世界が広がって行くようで、わくわくだヨ。
きっと、小さい子が言葉を覚える時の興奮と同じなんだろうね!
言葉は本当に ”生きている” んだって思う。

これからウエールズでどんな人たちに会うのか、その人たちとどんな会話ができるのか、楽しみだね!




        ミニ ウェールズ案内




Taf Fechanの谷とCraig Fam-Ddu

ブレコン ビーコンから眺めた Taf Fechan の谷 と Craig Fam-Ddu 
(地名からも、英語との言語の違いがわかるでしょ)



Wales牧場

ウェールズの牧場

羊飼いわんちゃんたちが、羊の番をしている。
定時になると、羊をじょうずに追いやって柵の中に入れるんだヨ。
すっごく賢い。