2-27 災難続き 


私もベリンダも何ともない。
アレハンドラはわめき続ける。

「ああ、痒い! ミヤ、この部屋が汚いからよ!

私とてもこんな豚小屋みたいなところで眠れないわ。
私の体は、あなたたちと違ってデリケートなのよ!」

-そ、そんなー…

私はアレハンドラの身体の心配より先に、その心ない言葉に胸がズタズタになった。 あまりにひどい言いよう。
こんなにお世話になっているのに、たとえ本当でもそんなこと山口君に言える?
アレハンドラなら言ってしまいそうだ。

私は板ばさみになった…。
私はこう言うだけだった。

「それなら明日はホテルへ行きなさいな。」

それにしても、建物は古いけれど、そして芸術家の卵らしくガラクタまがいのものはごちゃごちゃあるけれど、
本当にそんなにノミやダニがいるのかと半信半疑で眠りについた。


翌朝、山口君が帰って来た時のこと。
顔を見るなりアレハンドラが食ってかかったんだ。

「あなたは汚いわ! こんな部屋に住んでいられるなんて! 
見てよこのポツポツ! あなたも汚い。 まるで動物だわ!」

私の堪忍袋の緒もついにここで切れた。

「アレハンドラ、あなたは何て子なの!
私の都合を無視して勝手に付いて来て、あなたは何の関係もない山口君のところに泊めてもらって、忙しいのにパリ案内までしてもらったのに、その口の利き方はないでしょう!

私だって今回は観光で来たわけじゃないのに、あなたたちに付き合って一から十まで面倒をみてやっているのに、文句ばかり言って迷惑のかけ通し。
その上、その態度は何? 

もう沢山よ。ここにいなくて結構よ。さっさとホテルでもどこでも好きなところへ行ってちょうだい!」

私の英語ではまだ言いたいことも言えないと思ってそれまでは簡単な単語を並べてあとは表情で補っていた私。

本当に伝えたいことがあって、その手段が英語しかない場合、人はこうも慎重に的確な言葉を選んで展開させ、立て板に水の調子、またはさざ波のように、相手の胸に迫って行くことができるのでしょうか!!

言いたいことが単語ひとつひとつに気持ちを乗せて、全部言えてしまったんだ。

アレハンドラは泣きっ面で、

「ごめんなさい。ホテルへ行くと言ったって、どう見つけたらいいのか…。
ミヤ、一緒に行きましょう、私がお金は出すから。」

「ノー!(キッパリ) 自分たちで全部やりなさいな。」

ベリンダもシュンとする。

山口君は、

「ミヤちゃん、もういいよ。
ホテル探すのなら俺が連れて行ってやるよ。」


彼女たちをホテルにチェックインさせ、翌日のアレハンドラたちと私の待ち合わせの時間と場所を決めて来てくれた山口君。

「でも、ノミには参ったなあ。ちゃんと掃除しているのになあ…」

そしてその日は、クリニャンクールの蚤の市へ。
夜は山口君は私を、モンマルトルの丘に続く坂道に住むフランス人の友人宅に連れて行ってくれて、レコードを聴きながらおしゃべりをし、その後、他の友人たちも合流して、オートバイで列を組んでパリの街を散走したんだよ!
夢のようだった。

ステキなフランス人青年のバイクの後ろから眺めたコンコルド広場の、霧の中にぼぉ~っと浮かび上がる街路灯と車のヘッドライトの流れの美しさが忘れられない。


その頃アレハンドラは、ホテルの一室で、イギリスの下宿先の子、ピーターからいつの間にか移されたチキンポックス (子どもだけがかかる、はしかのような病気) のために、体中に湿疹を作ってうなされていたんだ。
ネコ




    プチ パリ案内


夜の凱旋門  (写真fromフォトライブラリー)

夜の凱旋門



凱旋門のふもとにて

山口くんと凱旋門2

こちらが山口君です。 この旅行で撮った、たった一枚の写真。






クリニャンクールの蚤の市 (写真fromフォトライブラリー) 


蚤の市     蚤の市2FL


私が行った時には、屋根のある店舗を構えたり、テントを張ったり、地べた
に布を広げたりして、さまざまな人種の人たちがありとあらゆるもの
(時代が全くわからないものや、ガラクタにしか見えないものまで)を売って
いた。




パリの街角 風景 (写真fromフォトライブラリー)


パリの街並み5   パリ街並み500


モンマルトルの通り    パリの街並み
     
     街路灯もさり気なくすてき

↑山口君の友人宅があったのと似た、モンマルトルの坂道



パリ街並み3    自転車

    ちょっとした乗り物のデザインも、”パリ” って感じじゃない?





 

 この旅は、観光目的ではなく、また観光どころではなかったので、
   私は全くというほど写真を撮らなかったため、イメージを伝えるために
   フォトライブラリーさんの写真を使わせていただきました。



 

2-28 アレハンドラが逃げた? 


翌日のアレハンドラは何とも哀れなまなざしで、私を見つけると、

「オー ミヤ、会いたかった! 私、すごい熱なの。」

と、飛びついて来た。
前夜のことについては一言も謝らなかったけれど、私も彼女の容態が心配になって来た。
そうして亮介兄さんにはとうとう会えないまま、病人を抱えてイギリスへ帰る日が来てしまったんだ。

兄さんたちは途中で予定を変更したのか、それとも何かあったんだろうか…。
私はいったい何をしに、わざわざパリくんだりまで来たんだか… jiong


ドーバー海峡は大荒れ。
吐いて吐いてヨレヨレになった体を引きずって、ベリンダと私は高熱のアレハンドラを介抱しつつ、医務室へ抱えて行った。
病名は、はしかの一種、”チキンポックス” と診断。
ドーバーに上陸次第入院、と決定した。(また大変なことになったヨー)

イギリス上陸後は、彼女たちがメキシコ人だからと入国審査でさんざん苦しめられ、入院手続きにまた手間取り、電車に乗り遅れて駅でさらに一時間半待ったベリンダと私がオックスフォードに着いたのは、夜中の2時過ぎだった。
(もう、ヨレヨレのボロボロって感じ…)


ところがその翌日のこと、学校で私を待っていたのは…

「病院から連絡があり、アレハンドラが病院から逃げたって。
さっき桂子さんが秘書から君に伝言を頼まれたそうだ。」

という、キザ男さんの言葉だった。

アレハンドラならやりかねないよ。
それで、あとの授業を放り出して事務所に飛んで行くと秘書が、

「アレハンドラは病院になんかいませんよ。
誰もチキンポックスくらいで入院はしません。」

「じゃあ、彼女は今、どこ?」

「知らないわ。とにかく彼女は病院にはいないわ。」

何ともさっぱりしている。
これじゃ英語力に関係なく、わけがわからないじゃないの…。
だからって、聞いてしまったからには知らんぷりする訳にもいかない。

私は、病院を抜け出し、熱にうなされて何百キロの道のりをオックスフォードに向かっているアレハンドラを思い、そのまま早退して、またまたザーザー降りの雨の中、

(不幸を強調するようにいつもこんな状況の時は雨が降っているけど、本当なんだよ、それがイギリスのお天気)

ベリンダに知らせにメキシコ人たちの溜まり場を捜し歩いた。

やっと見つけて一緒に下宿へ戻り、ミセス ブライアンの帰りを待ってドーバーの病院の電話番号を調べ、長距離電話をかけてもらうと、長ーく待たされた後、

「アレハンドラ? ちゃんといますよ。」
それが病院の返事だった。

「はぁ~っ???」

その時の、ミセス ブライアンとベリンダの、私への視線…。

「ごめんなさい…。
でもちゃんと日本語で伝言を聞いたんだから、間違えるはずないし、秘書も直接聞いたら、あの、病院にはいないって… (しどろ・もどろ)」

「いいのよ。気にしないで。誰にでも間違いはあるから。」

こんなことってあるー?!
秘書が、”アレハンドラは仮病を使っている” と決め付けて、独断であんなことを言ったのか、それとも、伝言を受けた日本人たちが何か勘違いをしたのか、はたまた実は本当にアレハンドラはいったん逃げてまた病院へ戻ったのか、真相は定かではないけれど、

入院中でさえ、スヌーピーの絵本と花を毎日届けてくれる男性と巡り遭って恋に落ちたとのアレハンドラの後日談を聞くと、

「どうして私ばかりこんな苦労をしなければならないの?!」

って言いたくなるよー!! ゚(゚´Д`゚)゚。

(結局彼女はずっと病院にいて、良くなってから退院して帰って来た。
たぶん秘書が、「チキンポックスで入院する人なんていない。アレハンドラは病院になんかいませんよ。」って自分の考えを言った
のを受けて、「アレハンドラが病院にいない」と、日本人学生が騒いだのだと思う。

腑に落ちないけど、過ぎたことなのでもういいことにする。 うむむ


そして、それは12月半ばのある夜だった。
お皿洗いのバイトを終えて冷え切った空気に身体を溶け込ませて帰って来ると、床の上に誰かが寝袋にくるまって寝ているじゃないの。

「誰?…」

モゴモゴ。









その頃のイギリスの クリスマス柄切手
 


クリスマス切手


クリスマス切手2








2-29 弟への手紙 前半 


今回は、中学生の弟に書き送った手紙をそのまま載せます。
その時の様子がよくわかるので、皆さん宛だと思って読んで下さいな。


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ターボー、 元気に勉強してる?
日本は、故郷はどうですか。

すごく驚くこと教えてやるね。
この間ね、私がアルバイトから帰って部屋のドアを開けてびっくり。
誰かが床の上で寝てるんよ。

私はメキシコの女の子といっしょに部屋を借りてるんだけど、もう一人、誰かが寝袋にくるまって床の上に転がってんの。
メキシコの女の子の友だちかなんかかな、と思ったら、その人、ムックリ起き上がってね、なんと!! 
その人の顔は亮介にいと同じ顔だったのです!

兄さんは先月末、ストックホルムを発ってアフリカへ向かったんだけど、途中のパリで待ち合わせしたのに会えなかったんよ。
途中で予定を変更したにしても、きっとそのまま仲間たちとアフリカへ向かったと思っていた。

私はへんな気がして来て、「あんた、誰?」 と聞きました。

するとその人はやっぱり、「私はあんたの兄さんよ」 と言うのです。

ビャーッ びっくりしたねー、その時は。

この広い世界で、ユーラシア大陸を陸路で旅したあと、ギリス海峡を渡り、針の先より小さな私と、それよりいくらか大きいだけの亮介にいが、そうしてオックスフォードのひとつの屋根の下でご対面したのです…。
嬉しかったよー。

パリの山口君のアパートで待ち合わせをした時、どうして来なかったのか問い詰めたら、

「オレ、ドイツで監獄に入ったんだ。」

だって!

気を落とさないで下さい、ターさん、
お前の兄さんは、真っ赤なワーゲンバスでワイワイ楽しい仲間たちと旅をしていたので、お巡りさんに赤軍派と間違われたのです。

つかまったキッカケは、といえば、運転手のさん吉さんという人が、橋の上でビュンビュンパトカーを追い越しちゃったんだって。
捕まえるはずだよね。

そのワーゲンバス、2万円くらいで、クラッチが外れて、後で後戻りして道路の上に落っこちているのを拾いに行くそうだけど、
持ち主は兄さんと、マックさんという日本人。

マックさんはストックホルムのマクドナルドで働いていたので、マックさんてあだ名だそうだけど、元レーサーですごくかっこいい人なんだって。

その人はそのままスペインに行っちゃったんだけど、おまわりさんに銃を突きつけられ、囲まれた時、

「お前、銃を持っているか」

と聞かれ、ブスっとした顔で、

「俺は今、マシンガンが必要だ」 (無礼なお前たちを撃つための)

って答えてすぐに捕まっちゃったんだって。

ドイツの警察ってすごいらしいよ、すごみがあって。
兄さんね、大脱走に出てくるような独房に3日いたんだって。
恐ろしかったと言いながら、

「俺、シマシマの囚人服着たかったなあ、いっそのこと」

そういうわけで、無事開放されてから、兄さんは山口君のところに何日かいて、肩まで伸びた髪を山口君に切られ、それからネパールが好きだというネパールさん、さん吉さん、そして、あやめさんという人も、兄さんにつきあって、仲間たちみんなでドーバーを渡り、姉さんに会いに来てくれたのです。
ウルウル…

兄さんはロンドンのクラブで、さん吉さんと交替でウエイターとお皿洗いをしています。
会員制クラブで、ポール マッカートニーやリンゴ スター、デビッド ボウイなんかがしょっちゅう来るんだって。
この間なんて、あのガーファンクルのバースデーパーティーで、彼と肩組んで歌ったって、感激してた。

兄さんは偉いよ。
スエーデンで一生懸命働いて15万円(今の感覚で50万円近く?)貯めたって。
だいぶ減ったそうだけど、旅や車に使った分は、お金には代えられないいい思い出になって胸の中にいっぱい残ってるんでしょ。

このメンバーたちは、ロンドンは物価が安いからって冬を越すことにしたらしいんだけど、もともとはそれはスペインだったのに、予定を変更してイギリスに… ほんと、泣けちゃう。
仲間って、いいね!

スエーデン、フィンランドが素晴らしくて、みんな春になったらすぐに戻りたがってます。
自然と子どもたちの中に溶け込んで過ごした数か月間が忘れられないみたい。

フィンランドはお隣の経済大国のスエーデンには馬鹿にされているけど、素朴で人情に厚くて遊びに行って家庭サウナに入っていると、奥さんまで平気で入って来るんだって。ひとりで!

日本はロシアと戦争して勝ったって、田舎のお年寄りなんて今でもすごく親しみ深く話しかけてくるそうだけど。
最近、ばかな日本人が酔っ払って公園の白鳥を殺して食べたという記事が新聞に載ってからは、日本人を見ると窓から石を投げるって話も聞いた。

冬になるとストックホルムで稼いだ連中はそのお金を持ってそれぞれ自分の行きたい国へ旅に出るでしょ。
そうして次の年にまた北欧に戻って来る。
そしていろんな旅の話…。
出会った人々の話を持ち寄るらしいの。
そしてまた働く…。
次の旅のチャンスのためにね。

そんな繰り返しを何年もやっている人たちに私もずいぶん会ったよ。

姉さんは今、オックスフォードのレストランでお皿洗いをしています。
イギリスのレストランの洗い場はとっても不衛生。
野菜なんかろくに洗わないし、お皿もスプーン、ナイフも汚れたまま洗剤液の中でこすって、すすがずに拭いちゃうの
お皿洗いしてる人たちによると、どこもそうだって。
その上、一般の家庭でも同じなんだって!
信じられないけど、本当なんだよ。

ていねいに洗っているとあとからあとから山積み。
夜中の1時まで片付けして、残業手当なんてよっぽど儲かった日じゃないと出ないんよ。


(弟への手紙 後半 に続く)





     ミニ オックスフォード案内  - パブ -


イギリスといえば、パブ (パブリック バー)。
町の中にも郊外にも、たーくさんあります。
”上流階級用” と ”労働者階級用” で、ドアと内部が分かれているの
もおもしろい。

どちらに入るのも自由だけど、上流階級用の方は、ふっくらソファーに
厚い絨毯敷き、すごく静かな雰囲気。
労働者用の方は剥き出しの床にジュークボックスやダーツなどの遊び
道具ありで、ワイワイガヤガヤ賑やかだった。
お酒を注文しようとすると、私は16才くらいに見られ、しょっちゅう身分
証明書の提示を求められた。

最初にパブへ行った時は、お客さんたちが、”おつまみ” なしで、
ビールだけで飲んでいるので驚いた。

「おつまみは要らないの?」

と聞くと、すごくけげんそうな顔をされ、

「お酒を飲むのに、お腹をいっぱいにする必要はないじゃないか」
って言われちゃった。

日本ではお酒のつまみも立派なお料理のジャンルになっていて、
お腹をいっぱいにするためでなく、お酒をよりおいしくいただくための、
ちょっとした箸休めというか、芸術品になっているでしょう?
旬を取り入れ、器も工夫して…。

イギリスではビールが冷やしてないのにも驚いた。
(最近は、種類によっては冷やすらしい)

「冷やすと舌が痺れて、ビールそのものの味も風味もわからなくなっ
ちゃうじゃないか。
日本では冷やすのか?
そりゃ、デリカシーのないアメリカ式飲み方の真似をしてるんだろう。」

って言われてしまった。

それと、
パブではビールそのものの味といっしょに、”討論” が大事な要素。
ビールを飲みながら、政治、経済や、世界情勢を語り合う。
会話が日本の ”おつまみ” の代わりなのかも。

だからね、ただお酒を飲みに行く人は、パブでは浮いてしまう。
自分の意見を持って、ちゃんと討論ができないと。 

”英語が話せるかどうか” 以前の問題だね!




ヘンリーのパブ

オックスフォードの隣町ヘンリーの、テムズ河沿いのパブ

ヘンリーは、オックスフォード大学×ケンブリッジ大学の
最初のボートレースが開催された町


Henry.jpg

ヘンリーの町
上の写真は、この橋から撮ったもの



トラウト イン   クラスメートと

オックスフォード郊外の、ウオルバーコートの ”トラウト イン”
画面左側は川。 クラスメートたちと。 手にはビールジョッキ。
下の写真の木の陰にいるよ。


トラウトinn

上の写真のパブをもっといい季節に橋の上から撮った写真。



パブアンカー

パブ ”アンカー”



牧場のパブ

牧場のど真ん中にあるパブ



郊外のパブ

郊外の、野原の真ん中にあるパブ



水辺のパブ

ずっと後には、こんなイギリス人の友人たちと川辺のパブに
飲みに行くこともありましたよー!


川辺のパブ

  ↑この人ね、”魔法使いさん” ってあだ名だったの きゃー!


(↓秘密がいっこ隠れてます)




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2-30 弟への手紙 後半 


でも好きなことをやるためだったらどんな苦労も何のその。

人に敷かれたレールの上をただ歩く人生より…歯車のひとつになるより、自分のやりたいことが、それをやることによって実現して行く… というのは、とても楽しいことです。

きっとどんな人も、目的や夢のためにがんばっているのだと思うけど、姉ちゃんの夢は、遠い夢やむずかしい夢じゃないの。
今、もうその中にいて、もっともっとそれを実現させるためにがんばっているんだもん。

今、さしあたりの目標は、クリスマスまでに5万円 (今の感覚で17万円くらい?) 貯めること。
そうすると船でスペインまで行って来れます。

亮介兄さんのバスは兄さん抜きでスペインまで行っちゃったけど、マックさん、12月に用があってパリに来てまた戻るというので、その時にいっしょにバスに乗せてもらえるし、
うちのクラスの人がドイツに車を変えに行くというので、行きだけ乗っけてってもらうこともできる。

あとはユースホステルに泊まれば安上がりだし、もしお金が要るんなら来学期、亮介にいや、あやめさん、さん吉さん、ネパールさんといっしょに働くよ。

姉ちゃんね、中近東とインドにすごく魅せられているの。
ヨーロッパにはないものが残されているようで…。

とても問題の多い国でしょ。
道路の上で生まれ、道路の上で死ぬ人がいるのはインドだけだって。
でも、インドの思想や国情やヒッピーの溜まり場の話や、何かを求めてあちらへ向かう旅人たちの話なんか聞くと、本当に行きたくなって来ます。
今はとにかく私もインドやネパールの人たちの中に入って暮らしてみたい。

沢山病気があって、ネパールさんも一度死にかけたらしいの。
ネパールの山奥で、宣教と教育を一人でやっている日本人の女の人に助けられたとか。
素晴らしい話もいろいろ聞いたけど、考えさせられることも多くてね。

歴史や国際問題、教科書の上だけでなく、自分で見て、現地の人たちの中に飛び込んで旅している人たちの話をとつとつと聞いて、姉ちゃんはまだ自分は子どもだなあと気付くのです。

イスラエルとアラブの関係も悲しい事実だね。
アラブの男の子たちは、自分たちの国を守るため、火の輪くぐりの訓練などやらされているそうですよ。
小学生のうちから。

いろいろ考えると、日本は本当にすごい国です。
あんなに小さくて山ばかりで、人の住める平地なんてもっと少ないのに、あれだけ恵まれていて自由で、治安も発達していて、GNPも世界第三位…。
そして話す言葉はどこの言葉とも似ていなくて、全く独立したもの。

もっと考えさせられるのは、日本の気質というか… 特に女性、その心の配りようやこまやかさ。
外国へ来て改めて、ちがう角度から日本の良さが見えるようです。

お母ちゃんのねんねこなんて、なつかしいね。

こっちはしょいこにひょいと赤ちゃん入れて、おとっつあんが、荷物みたいにしょって歩いたり、時にはロープを子どもの胴に付けて歩いている。

子どもは小さい時からお風呂にはひとりで入るし、(洋式のバスタブじゃ、他の人といっしょには入れない)子どもをメイドさんに任せきりの家族もいる。

こっちの子どもは、お母さんの背中でうとうとした心地良さや、家族でワイワイいっしょにお風呂に入る楽しさを知らないんだ。

イギリス人は理知的で厳しく冷たいってほんとなのかな。

全部が全部そういう人たちじゃないと思うけど、私の知っている家族や道を歩いていて見る限り、そんな感じの人が多いです。

日本ばんざいよ。
おんぶ、ねんねこ、金魚すくい、せんこう花火… いいなあ、日本。


ターさん、素晴らしい日本でがんばって下さい。
今は人間の基礎の時代なんだからね。
誰でも勉強しなくちゃならない時よ。
それを終えた時、本当にやりたいものを一筋にやり始めればいいんだから、今は将来を見つめながら、しっかり基礎を築いて下さいな。

将来やりたいことは、今もできるのよ。
少しずつ自分の一生を通して打ち込むものは何か確かめて、エネルギーをぶつけてね。
どうせなら楽しいこと、好きなことがいいね。

亮介兄さんや私は決してかっこいいんじゃないのよ。
そこをよくわかってね。
どっちかっていえばかっこ悪い生き方をしているよ。

でも、かっこなんて関係ないんさ。
どこにいても、そこでどう生きるか、何を持って生きてるか、が問題。

世界は広いけど、要は自分の心の中の世界の広さよ。
みんな一生懸命なんよ。
さがしているものにめぐり合おうってね。
くるしみもうれしさも、みんなそのためのくすり。

プラモデルが好きなら夢中になれ。
女の子が好きになったら、うんと苦しめ。
みんないいことです。

ではこのへんで。
おばあさんの様子、知らせてよ。
重要任務よ、OK?





   スコットランド小旅行


学期の変わり目に、私もおっちょさんや定夫さんの行ったスコットランド
へ、週末、行って来たゾー!!
勇者 ウイリアムの故郷だ。

アルバイトも順調だし、父も時々、お小遣い程度の仕送りをしてくれる。

お金がないからって、勉強とアルバイトだけで終わってしまったら、
目標がずれてしまうもの。
行ける状況にある時は、行きたいところへ行っておくよー!
「あとで」 と 「いつか」 はきっと来ないから。




エジンバラ町風景絵葉書文面

↑↓ スコットランドから出した、父宛て絵葉書文面


お元気ですか? 私は今、スコットランドです。
ものすごい自然の美しさに圧倒されるばかり…
どこまで行っても広々とした田園風景…
家が見あたらないのに、見渡す限り緑地帯で、牛や馬や羊がのどか
に草をはんでいるのです。
こちらはオックスフォードもそうですが、土の見える地帯がないの。
なんでもない道路わきの土地でさえ、日本のゴルフ場のような緑地
帯で、森と川と牛があたり前のようにそんなけしきにとけこんでいます。
もう一学期安い学校へ行き(10/10から) 来学期はオペアをするつ
もりです。
私のことはどうぞ心配しないで下さい。
みなさん お元気で。


注: オペアとは書生のようなもので、イギリス人家庭に住み込みで
   お手伝いをしながら学校へ通わせてもらえるシステムです。




湖水地方

湖水地方 レーベン湖 (絵葉書) 



湖水地方川のほとり

どこへ行っても、川の縁(ふち)まで緑、緑…



バグパイプ吹き

エジンバラの町に入ると、街角にバグパイプ奏者が…



スコット鼓笛隊

鼓笛隊も、演奏を披露

ちなみに、タータンチェックは家柄により異なり、スカートの下には
何も履いていないそうです。





エジンバラ城

丘の上に、エジンバラ城


エジンバラ城絵葉書

エジンバラ城 (絵葉書)

エジンバラ公 (女王のだんなさんでチャールズ皇太子の父ちゃん)
がお住まい



ミリタリータトゥー

エジンバラ城で開かれる伝統のお祭り (絵葉書)



エジンバラ城のお祭り

そのお祭りを、観客の私が撮った写真



ネス湖

ネス湖!!

細長くて、海と通じているんだって。
ほとりに朽ちたお城がある。



ネス湖のほとりのユースホステル

ネス湖のほとりのユースホステル

ここもお城の跡だとか。



エジンバラの街角

エジンバラの街角で ユース仲間と



スカイ島を臨む

スカイ島を臨む (絵葉書)

このあと、船でスカイ島へ渡ったよ




スコットランド帰り絵葉書


↑↓ ロンドンから出した父宛て絵葉書


皆様、きっとお元気のことと思います。
スコットランドからの帰り、ロンドンに一泊したので (スチューデントホ
ステルいっぱいでことわられたんだけど、いつもそこに行くので、そこ
で働いている黒人の女の子が友達だと言ってくれて、床の上にマット
レスをしいて1£でとめてもらえたの。ふつう2£なんだけど… 
1£=730円。その子、学校へ通いながら働いているの)
あくる日、バッキンガム宮殿に近衛兵の交替式 (毎朝行われる)を見
に行きました。
(この絵葉書)表のユニフォームを着たかわいい兵隊さんが、機械じか
けの人形のように楽器を演奏しながら交替したの。
その日の曲が、”故郷の空”。 夕空晴れて秋風吹き… 私が思わず
口ずさんだら、そばにいたおばさんがいっしょになって、自分の国の
歌詞で歌い出して顔を合わせて笑いました。 ああ我が父母…




<参考に>
この歌は、たしかスコットランド民謡。
”ああわがちちはは、いかにおわす” で終わります。