2-22 マリアの失恋 


マリアが妻ある人と知らず、うちのクラスのベネズエラ人ロベルトを愛してしまったことも大事件だった。
ロベルトはしょっちゅう日本人クラスメートに混じって私たちの半地下に遊びに来ていたんだけど、
マリアといいムードになってしまったんだ。

ふたりが私の知らない言葉で話しているのを見て、

「アルゼンチンとベネズエラは離れているのに、どうして同じ言葉を話すの?」

と聞いて笑われたり、インスタントラーメンのスープのすすり方の練習をさせている間はよかったんだけど、ある日、キッチンに入ったとたん、隅っこのテーブルで食事をしながら、彼の膝の上でふざけているマリアを見て私はドギマギ。

クラスでシンディーがロベルトに、「奥さんはいつこちらに来るの?」
と聞いたのを思い出したからだ。


私は苦しくなったよ。
マリアは知っているんだろうか? 彼が結婚していること。

日本人仲間に相談すると、

「知っててやってるんだろ。
外人はそういうところ、さっぱりしてるんじゃないか?」

でも私には、彼のことで子どものように目を輝かせたり、彼がロンドン大学へ行ってしまうため、やがてやってくる別れを悲しがっているマリアを見て、どうしても火遊びをしているとは思えなかった。


ある夜のこと。
彼女のためと信じて、私はロベルトが既婚者であることを知っているのかどうか、マリアに思い切って聞いた。

思った通り、彼女は何も知らなかったんだ。

「信じられない…。
彼はとてもまじめな人なのに…。」

その日から、マリアは病気になって寝込んでしまった。
私は責任を感じて何度も謝ったけど、

「いいのよ。言ってくれてありがとう。」


それから私たちの看病が始まった。
タオルを冷たいのと取り替えたり、食事を作ったり、マリアの知り合いという人を探して大学中を訪ね歩いたり。

彼女に頼まれた買い物をしに2キロ先のサマータウンに買い物に行った帰り道など、ついでに仕入れた野菜、缶詰、飲み物などの入った袋を両手に下げて歩いていたら雨がザーザー降ってきて、傘なしでずぶ濡れになっちゃった。

「困ったことがあればいつでも来いや。
こういう時こそ、日本女性の良さをわかってもらういいチャンス。
しっかり看病せえや。」

と言ったおっちょさんの言葉を思い出し、(”荷物を持つのを手伝って
もらおう” なんて甘い考えを起こし)道を外れて彼のホームステイ先に行けば、そういう時に限って留守!

また来た道を戻って、手をキリキリ痛めてびしょ濡れで帰って来た私をマリアは抱きしめて、

「オー! ミヤ! どうして買い物やめて帰って来なかったの! 
ばかね!」


面と向かって問われてもなお、既婚者であることを否定し続けたロベルトだったけど、マリアが 聖書を持ち出して来て 「誓えるか」 と聞くと、とうとうそれ以上、何も言えなくなり…

マリアの恋は終わったのだった。






       ミニ オックスフォード案内


        郊外の川沿いの風景

    
テムズ河沿い


     

テムズ河と牧場




テムズ河沿い2

舟に乗っていると、こんな場面にも…。



OXメドウ囲いの上

川のほとりの牧場



テムズ河ボート

休暇に川下りを楽しむ人たちの舟



水位段差調節イラスト



なぜ流れがこんなに穏やかなのか、不思議でしょ。
この間、世界不思議発見だったかで紹介してたけど、テムズ河では、
段差をこうして水位を上げたり下げたりして調節しながら船舶を
運航させているんだよ。





テムズ河段差3

上のイラストの真ん中部分。
水をジャバジャバ注ぎ込んでいるところ。
右手前に見えるのが、水が満ちるのを待つ舟。




テムズ段差3

完了すると仕切りが開けられ、舟が出て行く。
行ってらっしゃ~い!









      オックスフォード / ブロード ストリート


ブロードストリート

絵葉書。
右に見える変わった建物がシャレドニアン シアター。
コンサートも開かれるが、名誉ある学位授与式はここで行われる。

この通りには有名な ブラック スミス という本屋さんもある。





OXブラックスミスのある通り

同じ場所にいるよ




シャレドニアンシアター

シャレドニアン シアター 建物アップ



ブロードストリート写真

オックスフォード大学生たちのいる ブロードストリート風景 
左は、BALLIOL カレッジ




Balliol カレッジ

BALLIOL カレッジ入口付近  木は上の写真と同じ木




学位授与式

学位授与式の日
カレッジにより、ガウンとマフラー(と呼ぶかどうかは不明)
の色が違う




OX大卒業式後


通りを反対側から見る。

シャレドニアン シアター(左)から、学位授与式を終えて数人の
学生たちが通りに出て来たところ。
(左下で白マフラーを付けている人や、横断中の赤いガウンと
黒マフラーの人)

子どもを抱いている人もいるね!



観光案内の写真には、後で撮ったものも混じっています。




  

2-23 スーパーマン日本男児 


口は悪いけどめんどうみのいい親分肌のおっちょさんは、名物日本人。
某一流大学哲学部卒。空手何段。
ずんぐりむっくりでたいしてイケメンでもないくせに、どういうわけか外人女性に大モテ。

授業で日本の紹介として空手を紹介した時、

「カラテ イズ ノット ファイティング。
イト イズ ヒロソヒー、 ストップ ザ ウォー。」

(空手は闘争ではない。哲学だ。それは戦争をストップするものだ)

と言って、シンディーに感動を与えたのがそもそもの始まり。

その後シンディーの家でやったパーティーには、腕をふるって天ぷら、すきやき、湯豆腐をプロ並に仕上げ、その上、空手を見せてくれとせがまれ、

「これは本来は見せ物ではないんですよ」

などとうそぶきながらも、精神を集中して厚い板を見事に割ってしまったので拍手喝采。
その上、日本の歌が聴きたいという要望に応えてギターを弾けばこれがまた、日本の曲からロックまで、ボロロン、ボロロン一級品。

とうとう、「ヨシオは料理もうまいし、空手も強いし、ギターも弾けるし、何でもできて、まるでスーパーマンみたい」
と、ますます (外人女性に) もてたんだけど、

「名声が落ちてはいけない」 と、歌だけは決して歌わなかった。

ところが彼が日本へ帰る前、相棒の “ちゃんちゃんこさん” こと定夫さんとスコットランドの旅に出る前にやったお別れ会には、
いっしょのホームステイ先のイタリア人の女の子たちが日本人に教わった “岬めぐり” と “からすなぜ鳴くの” を歌ったあと、

「どーしてもヨシオの歌が聴きたい」 と言って聞かず、おっちょさんは仕方なく、“妻を恋ゆる歌” を唸(うな)ったんだけど…
イタリア人の女の子たちは、それはそれはけげんそうな顔をしていた。


定夫さんとのスコットランド旅行では、途中でジュースが飲みたくなり、バスの停車中にスーパーでオレンジジュースを買ったら、それが濃縮ジュース。
次のストップで牛乳のパックらしいのを買ったら、それが生クリーム。

二人とも飲むに飲めずに、喉をカラカラにしてへたばっていると、後の座席で一部始終を見ていた老夫婦が家に呼んでくれ、ご馳走して一晩泊めてくれたとか、

どこかの町で、鳩にパンをやっていたら、浮浪者が寄って来て、「鳩になんかやるなら俺にくれ」と、パンを全部取られちゃったとか、

あまりスーパーマンらしくない旅をして来たみたい。


このおっちょさんが、帰国前に言った。

「外人の女の子は、きれいなのもおるけど、あいつら、男といっしょに楽しもうって方が先なんやな。
やっぱり日本女性が一番ええな。
ええか、しっかりせえや。おまえとひろとは、どうも頼りなくて見ておれん。
俺は帰るけど、困ったことがあったらちゃんちゃんこに何でも相談せえや。
あいつは日本でも一流会社に就職スッと決まって、あの若さで責任ある仕事なんでも任されてる、しっかりした頼りがいのあるやっちゃ。
俺からもよー頼んどくさかいな。」

「はーい。」









  旅先で出会った、つかの間の仲間たち



ちゃんちゃんこさんです


おっちょさんの帰国を前に、おっちょさんとちゃんちゃんこ
さんがスコットランド旅行に発つところ。
パイプ先生も途中までいっしょのもよう。





 「ほなな、行ってくるわ」  「いってらっしゃ~い」






なんだかんだ言っても、いい同国人仲間だったさ。
え? 恋がなくて残念だったって? ウーン … … … 

(たぶん私が子どもっぽかったので、誰も女と見なかった)










 この頃出した、祖母宛て絵葉書の裏面

 (どんなことを考えていたのかわかる)




 

 スポット観光編 Vol. 6 イギリス/ ブレナム宮殿 新記事載せました。
 そこの広~い庭は、私のだ~~い好きな場所なので、そっちも見てね。




   

スポット 訪問記 Vol. 6 イギリス ブレナム宮殿 


スポット訪問記 Vol. 6


イギリス/
 ウッドストック
世界遺産 (1987 登録)



            ブ レ ナ ム 宮 殿


  
  ↓ 入口
ブレニムパレスパンフ




    ブレナムパレス入口眺め

        入口付近からの眺め  左が上の写真の宮殿




まず、これが 個人の邸宅 だということにびっくりしてね。
現在も、モールバラ公爵がお住まいです。

2,100エカー、8平方km (成田空港が4つ入る広さ) の敷地には、
宮殿あり、森林あり、様々な美しい庭園ありで、人工の湖と橋まで
作ってしまった!
上の写真は入口を入ったところのメインパートだけで、周囲ぐるり
何kmに渡り所有地。
こんな土地を持っている貴族は莫大な税金を払わなくてはならない
ので、こうして一般公開して入場料をその足しにするそう。

私は、湖のほとりで風に吹かれて読書したり、森の中を散歩したり
するのが好きだった。

ウインストン チャーチルの生まれた家だよ。
彼はここの庭園でプロポーズしたんだって。

オックスフォードの北西13キロ、車で30分くらいの距離の
”ウッドストック” という町にあるので、よく訪れた。
ひとりだったり、誰かといっしょだったり。
訪ねて来てくれた人は必ず連れていったし。


下の写真を見てもう一回びっくりしてほしいのは、他の観光客が全然
写ってないことだよね。
今、ここで写真を撮れば、絶対に、必ず、どっちにアングル取っても、
他の観光客がうじゃうじゃいっぱい写るよ。 保証する。





ブレナムパレス湖畔冬バージョン

冬バージョン
上の二番目の写真の、宮殿と高い木のある中州の間に立っている



ブレナムパレス橋の上から湖

橋の上にいる   



ブレナムパレス門

宮殿の建物と柵


ブレナムパレス夜、柵

夕暮れ時、柵の前で


ブレナムパレスS子と

宮殿の前で
中の装飾もすっごいよー、ゴテゴテで…




ブレナムパレス橋の上で

橋の上から宮殿を臨む

用事がある時、建物の中を移動するだけでも大変だね!
私はこじんまりしたふつうの家でいいや…




ブレナムパレス湖畔「

同じ道の宮殿寄り  

左遠方の橋を渡ればずぅ~~っと、小鳥さえずる森の中
 
一緒にいるのは、一度アルゼンチンに戻り、翌年またオックス
フォードを訪ねて来てくれたマリア





ブレナムパレス建物背景

春先


ブレナムパレス湖のほとり

誰かのバイクの後ろに乗っかって行った








ウッドストック

ウッドストックの町  右はホテル



ウッドストックのストック絵葉書

ウッドストック絵葉書

左下にあるタイトルは、「ウッドストックのストック」
”ここから町の名前が生まれたんだよ” って言いたげな…
”ストック”って、馬をつなぐこんな台のことらしい。








ウッドストック絵葉書裏面


上の絵葉書の裏面 弟宛

最初の部分は、「北杜夫の ”さびしい王様” ”さびしいこじき” 最高」

「○○、しっかりがんばってますか。しかし がんばるにもその暑さじゃ
大変でしょう?」 で 後の文に続く。

本のことばかりだけど、私ってひょっとして文学少女だったの?!



クリックすると拡大できるので、よかったら読んでみてね。



観光案内の写真には、本文の時間的進行から外れ、後から撮っ
  たものも混じっています。







2-24 目標設定! 


そんなある日、亮介兄さんから手紙が来た。

生活水準の高いストックホルムのお皿洗いは全自動。
一日中ボタンを押していれば、ほとんど機械がやってくれるんだって。

「今さらまたイギリスで苦労して勉強することはないよ。
知識ばかり詰め込んだって何になる。

それより一緒に北欧で働いて、愉快な仲間たちとワーゲンバスで旅に出ようよ。
これから毎日、ストックホルムのコンサートホールの前で夕方の5時から7時ま
で待っているから、できるだけ早くおいで。

会わせたい人もたくさんいるんだ。」

さあ、どうしよう。
迷ってしまう。

このまま英語の勉強を続けたいし、かといって正しくきれいな英語が短期間にそこそこ身についたとしても、果たしてそれで満足できるんだろうか。

その答は出ないし兄さんの誘いは嬉しかったけど、私は自分の心の声に従って、このまま勉強を続けることにする。

それで、日本で買って来た、「ヨーロッパの鉄道1か月間乗り放題」というユーレイルパスをキャンセルし、戻ったお金を学費の足しにすることにした。
これから何か私にもできる仕事を探すよ。

オックスフォードにいる日本人で、レストランでもぐりで働いている人たち何人かに会った。
「もぐり」とは、労働許可証なしってこと。
学生ビザや観光ビザで入国した人は労働してはいけないんだけど、お皿洗いをしている学生はどこにでもいるもんだ。


さて、イギリスに来る語学学校の生徒はみんな、毎年6月と11月に行われるケンブリッジ大学の英語検定合格を目指すんだ。
日本の英検のようなものだけど、日本と同じく政府(日本は文部科学省)認定で、ケンブリッジ大学が委託されて実施している。

”ローアー ケンブリッジ” と ”ケンブリッジ プロフィシェンシー” に分れていて、
前者はその後、”ファースト サーティフィケイト” という名前に変わった。

”日本語は全く関わらない、生きた英語力の総合評価” という点で、内容・質ともに日本の英検とは比べられないけど、

(つまり、質問もすべて英語だし、日本の英検のように難易度を高くするために実際に使われていない単語や文語調の表現などが出ることはない。また、自分の意見を系統立てて述べる力も重視される)

ローアーケンブリッジの方は強いていえば英検の一級と二級の間のレベルだ
そう。

その上のプロフィシェンシーの方は、訳すと、”(…の)熟達、熟練、技量”
まさに英語のプロってこと?

イギリスには階級制度がまだあるので、身分の低い人たちの中には正しい英語を話せない人もいて、(マイフェアレディーの映画を観れば納得できる)

このプロフィシェンシー試験は、「英語を教えたいイギリス人も受ける」 とか、「イギリス人でも落ちる人がいる」 と言われている。
だからもちろん、ほとんどの日本人は落ちて、日本人合格者は日本全体でまだ 2,000人 くらいだって。
バイリンガルも国際ビジネスマンも学者も入ってだとしたら、私なんて何年勉強したって受かりっこない!

でもせめてローアーケンブリッジの資格を取れば、世界を旅するにしても、お皿洗いよりいい仕事をさせてもらえるんじゃないかなー。

そうなれば旅もずっと楽しいものになるね!


あのね、イギリスには ”オペア ガール” というシステムがあるんだよ。

外国人学生がイギリス人家庭に住み込みで家事手伝いをしながら部屋と食事といくらかのお小遣いをもらえるというもので、気に入られれば家庭によっては学費の援助までしてくれるというもの。

(「なんで女だけなんだぁ~!差別だぁ!」って声が聞こえて来そうだけど… まあ、レディー ファーストの国だからね  ??)

ちょっとだけ日本の書生みたいな感じ?
師の家に住み込むのじゃないところが違うけど。

これは外国人学生への経済的援助と、イギリスを実際のイギリス人家庭の中に入って知ってもらおうという、政府の国際親善策のひとつでもあるんだ。

一家族と正式に契約すれば、ビザも一年、ポンともらえるそう。
オペア ガールの仕事は、オペア エージェンシーへ行けばいくらでも紹介してくれるし、時々学校の掲示板でも募集の貼り紙を見かける。

いざとなったらその仕事を見つければいいじゃない?

決めた!
英語の勉強をもう少し続ける。


ということで、来年6月のローアー ケンブリッジ合格を目標に、とりあえず一日おきのお皿洗いの仕事を確保し、亮介兄さんにその旨を知らせたよ。

最初は 「早く帰ってアンシンさせてくれ」 と言って来ていた父からも、

「それほど勉強したいのだったら結婚など構わずに、一つでも上の資格を取って来い。少しくらいの援助はしよう。がんばれ」

という手紙と一緒に、冬物衣類と食料が届いた。


今の私、お金も僅かだし言葉もろくに通じず、まるで異国に放り出された赤ちゃんみたいだけど、
目の前に本当にやりたいこと、そして手の届きそうな目標ができた。
それは、

”もう少し英語が話せ、相手の言うことも理解できるようになりたい”

いつまでたっても簡単な天候と 「ハウ アー ユー?」 の会話しかできないんじゃ、つまらないもの。

自分の考えや思いを伝えたいし、相手のこともわかりたい。
そのためには相手の国のことも直接聞いて、もっと知らなくちゃ。
英語でだよ。
英語が話せるようになることで、世界がぱぁ~っと広くなるような気が
する。

だから、まず、ローアー ケンブリッジ合格ね!
そのためには、もぐりのお皿洗いだって何だって(夜の蝶は没)する。

がんばろっ!






      ミニ オックスフォード案内




映画館の近く

町の中  映画館の近く



コーンマーケット通り靴屋さん

コーンマーケット通り
銀行、デパート、商店、マクドナルドなどが軒を連ねる




路上クリーニング車

夕方、5時頃になると、こんな路上クリーニング車が現れる



オックスフォードの小道2

オックスフォードの小道
(これは、フォトライブラリー のフリー素材をいただきました)




大学の裏道

大学の裏道


キングスC425

たぶん、キングズ カレッジ




観光案内の写真には、後で撮ったものも混じっています。







2-25 新しい下宿とルームメイト 


10月に始まった新学期。

学費も生活費もギリギリだけど、クラス分けテストの結果発表の時、2級上のクラスに入れられ、先生がホワイトボードに ”はしご” のイラストを描いて、

「ミヤはがんばった。ひとクラス飛び越して上がったのよ。」

って言ってくれたのは嬉しかったけど…。

(日本であれだけ高度な英語の勉強を中学、高校、そして大学の数か月間と何年もさせられたことを思うと、ABCの発音から始める初級クラスから上に上がるのは当然という気はする)

学校で紹介された新しい下宿はオックスフォード北部にあるサマータウンにある、コインランドリーの二階。
今度はメキシコの美少女アレハンドラとの同居生活が始まった。

大家さんはピーターという1才の男の子を抱える若き離婚婦人、ミセス ブライアン。

どう見ても1人部屋のスペースしかない、6畳あるかないかの細長い部屋は、両端にベッド、勉強机ひとつに、椅子ひとつ、それに肘掛け椅子ひとつでいっぱい。

朝食付きで16ポンド(今の感覚で1,2,000円くらい?)だけど、その朝食は、オレンジジュース、コーンフレーク、トーストにコーヒー。
それだけ!!
ミセス ブライアンはお勤めに出ているので、セルフサービス。

他の下宿では同じ家賃でベーコン&エッグが出るのにと、アレハンドラといつも不平を言っていた。

キッチンも使わせてくれず、一度、許可をもらってお料理を作ったら、私たちの食べている目の前でミセス ブライアンがガチャガチャと大きな音を立てながらガス台を分解して洗い始めたので、喉が詰まってしまった。

その上、セントラルヒーティングも8時に切られてしまうので、フィッシュ&チップスかハンバーガーのお持ち帰り食を狭い部屋でオーバーにくるまって侘しく食べている。

お風呂の浴槽には常に洗濯物が入っていて、週に一度、遠慮しながら入れればいいところ。


アレハンドラはメキシコ ○○○市の市長の娘さん。
色白で金髪で青い目が魅力的。
彼女に言わせると、メキシコでも上流階級の人は白人系で、絵や映像でよく見るメキシコハットにポンチョを着ている色黒の人は、貧乏人なんだって。

アレハンドラはわがままいっぱいに育ったみたい。
毎晩のようにディスコに踊りに行く彼女は、ボーイフレンドも次から次へ…。

「ミヤ、どうしてそんなに勉強しているの?
もっと楽しまなくちゃ。
いっしょに行こうよ!」

「私は家にいる方がいいの。
その日に学校でやったことを全部覚えないと気が済まないの。
それに宿題もあるし。」

いい子に聞こえるけど、ほんとなんだよ!
それに私の宿題ときたら、いっつも秀作として貼り出されてんだから!
(英語の作文だい! その日に習った単語やイディオムをフルに使った意見文や物語を書く)

でも”いい子”って言ったって、先生に気に入られるためとか、親を安心させるためとかじゃない。
自分が充実感を持てるからそうしてるだけだよ。
そうすることで 「私はこれでいいんだ」って、しっくりした気持ちになる。


私がバイトのない日、ひとりで編み物などをしていると、ピーターを寝かしつけたミセス ブラiイアンが部屋をのぞきに来て、

「ミヤ、良かったらこっちへ来ていっしょにお茶を飲まない?」
と言ったりするようになり、

「ミヤ、私、あなたが好きよ。
友だちといるより、あなたと一緒にいる方がいいわ。」

と、休みの日などには私と一緒に勉強してくれたり、他愛ないおしゃべりをして笑い転げたり、美容体操の研究にいそしんだりするようになった。
ボーイフレンドが来ても居留守を使う程に。

最も昼間から顔にパックをしていたせいもあるけれど。


そんなある日、亮介にいから一通の手紙。

「仕事も終わり、やっと一息ついたところだ。
毎日忙しく、いろんな人と夜中まで話し、とても充実した毎日だよ。

スカンジナビア3,000キロ、全部ヒッチで回った。
2万円(今の7万円くらい?)で友だちと一緒にワーゲンバスを買った。
これからまたスペインに下る。

僕は若き日の思い出にサハラを越えてみたいんだ。
暗黒の裸の野生の黒人の ―
友だちも、もう4年も世界を回っている人たちだ。

今月中旬、パリの友だちのところに着くから、そこで会おう。
ミーヤに会わせたい奴もたくさんいる。」


私は飛び上がった。
行く、行く!!
パリに飛んでく!
亮介兄さんとその仲間たちに会いに!

でも正直言って兄さんとその仲間たちと一緒に旅に出ようとは思わない。 
私はもうすっかり英語の勉強に取り憑かれてしまっている。

”勉強すればするほど、もっといろいろなことについてわかったり話したりできるようになる”

っていう現実がおもしろくてたまらないんだ。

学費と生活費でギリギリの私にとって、学校の授業の1時間1時間はすごく貴重だ。
この限られた時期に少しでも多くのことを身につけて、自分の英語のレベルを上げておこうとがんばっているんだから。

そこで私は金曜日に授業が終わってからパリに出かけ、月曜日の一日だけ学校を休みその日に帰って来ることにして、さっそく学生料金の夜行列車とフェリーの切符を買った。

ところが…
アレハンドラにそのことを話したらたーいへん!!
彼女もいっしょに来るって言い出だした。
(「メイ アイ?」 でなく、「アイ ウイル ゴー ウイズ ユー」)

日本人だったらここまで話したら遠慮するよね、広い世界のあっちこっちで離れ離れになってた兄と妹が、たったの2日間やっと一緒に過ごせる大切な時間だよ!
他人の世話なんかしないでゆっくり積もる話がしたいじゃない? 

あー、何て災難… そこで私としたことが…!

「いっしょに連れて行きたいのはやまやまだけど、兄さんに会いに行くのがメインだし、日程も週末だけだから、いっしょに来てもゆっくり観光もできないと思うし、今からじゃ切符を取るのも難しいと思うよ」

って、ちょ~~日本人的な返事をしちゃったんだ!


アレハンドラはその翌日、私の切符を私の引き出しから無断で持ち出して旅行代理店に出かけ、一方的に事を運んでしまい、町でバッタリ会った私に、

「ミヤ、切符、買えたわよ。日にちも変更できたわ。1週間に。
それからね、この子も一緒に行くの。」

と、そばにいる真っ黒で縮れ毛の、ベリンダという友人を紹介した。

親しいからって甘えているのか、それとも私の、日本人特有の、イエスかノーかはっきりしない遠まわしの断り方をいいように解釈したのか… 
(ソーダヨ! 大バカ!)

私は結局、この美少女の無邪気さ強引さに全面降伏するしかなかったんよ。 

あー、どーなっちゃうんだろう …。
先が思いやられるよー …。
  




     ウェールズへの小旅行


同じ学校の生徒でポルシェに乗っていた「ポルシェさん」 と、
いつも一匹狼風でいた 「キザ男さん」 。

何かの話のついでに、
「週末にウエールズにドライブに行くけど、一緒に連れて行ってあげよ
うか?」 と言ってくれたので、乗っけてもらって行って来たよ。




ウェールズへの道

イギリスはどっちを見回しても緑ばっかりって印象あるけど、ちゃんと
紅葉もある。





ラグラン城跡 (絵葉書)

ウエールズの城


ウェールズには、こんな廃墟となったお城がいくつもある。
堀あり、橋あり、城壁あり、塔ありで、ほんとにおとぎの国に出て来る
お城、そのままじゃない?
王子様やお姫様や騎士は、ここで実在していたんだね!

きっと華やかな生活があったんだろうね。

♪ 春こうろうの花の宴、めぐる盃、影さして…(中略)
  昔の光、今いずこ

”荒城の月” を思い出した。




ウエースズの城跡



ラグラン城



廃墟

これも廃墟  修道院の跡みたい




ウエールズ馬

ブレコン ビーコンの近く (絵葉書)



馬が車に

全く絵葉書の通りだ!



ウエールズ牧場

ポルシェさんです




ウエールズ海岸2

ウェールズの海岸



カーディフ大学

カーディフ市役所庁舎 


カーディフ大学建物一部

カーディフ市役所の時計塔 市役所なのに芸実的



カーディフの公園

お城のある公園



ウエールズの城4

カーディフ城だと思う。



王子と姫?

こちらがキザ男さんです。
(王子と姫にしては、姫のコスチュームが…





2-26 再びパリへ 


ドーバーまでの英国電車は、「決して乗客を立たせるほど切符を売らない」
という英国鉄道の信条通り、赤いベルベットのシートにゆったりだったけれど、向こう岸のフランスの港町カレーからは超満員。

指定席とは知らず、私たちは3人とその他の慌て者の乗客がコンパートメント(個室になっている客席)に腰を落ち着けたところ、
一人のきちんとした身なりの日本人男性が踏み入って来て、眉間に皺を寄せ腕を振り回しながら、すごいけんまくで叫んだ。

「アウト! アウトーッ!!」 (出ろ! 出ろー!!)

まるで家畜でも追い出しているようだった。

私は日本人として穴があったら入りたい気分だったよ。
私以外はみんな外人だ。
その人たちに向かって、

「すみません、ここは指定席なのですが…。」

なぜその一言が言えないんだろう。

立ち退く私たちの後に入って来たのが、全員、毛皮のコートを着た日本人有閑マダムと若い令嬢風グループ。
その男は雇われガイドなのだろう、その人たちに対しては大そう腰が低く、打って変わったように終始満面に笑みを浮かべていた。

パリに着くころ、通路に立ちっぱなしの私にお声がかかり、ひとつ空いていた席に座らせてくれたのはいいんだけど、

ジーパンのロングスカートに褪め切ったTシャツ、毛玉のいっぱいついたカーディガンに黒い毛糸のストールをジプシー風に羽折っていた私が、毛皮に埋もれて何倍も大きく見える彼女たちの間に入り込むことはとてもおかしく思えた。

また彼女たちの会話ときたら、お城を買う話、ヨーロッパの各地の高級レストランの話など、私からすると鼻持ちならないものばかりで、(ひがみじゃないってばぁ!) しまいにはそのイヤな雇われツアーコンダクターを指さして、

「こういう男性は女性の憧れね、有能で世界のあちこち飛びまわって。
きっと泣かされる方も多いでしょうね、オホホ。」

ゾーッ。

パリの北駅に、亮介兄さんの友だちの山口君が迎えに来てくれた。
彼はパリで絵の学校に通っているんだって。
私はあまり話したことはないんだけど、小さい頃はラオスで暮らしていたとかで、両親が海外赴任のため、中学・高校と、亮介兄さんと同じ男子校の寮に入っていた。
時々、兄さんといっしょにギターを弾いたり絵を描きに行ったりして、自分で曲も作っていた。
日本人だけど、なんか違う雰囲気を持った人だ。

パリの裏町のアパートは、階段の電気がスイッチを押して30秒で切
れる自動節電式。
トイレには鍵がかかっていて、住人だけが使えるようになっている。

そのトイレはいつかどこかのカフェで見た、しゃがみ式、四面剥き出しのコンクリート、足台の部分だけ残して洪水の押し寄せる、パリの名物だった。

お風呂もない!

その界隈は黒人やアラブ人が多く、とても女の子の一人歩きはできないそう。
(ごめんなさい。差別的言動だけれど、聞いたままを書くよ。)

山口君は、夜になると私たちに部屋を開け渡して友だちのところへ泊まりに行き、翌日の夕方アルバイトが終わると迎えに来てパリの街の案内してくれた。

私たちのためにアルバイトを休み、まる一日、昼間のパリを見せてくれた日もあった。
エッフェル塔とセーヌ河下りにはまだ行ったことがなかったから良かったけど、まだ行っていないアレハンドラとジョアンナのために、パリ名所筆頭の凱旋門、ノートルダム寺院、シテ島にも行ったんだよ。
(何回目だぁ~っ?!)

その山口君、アレハンドラのエゴ発揮ぶりに、
「ミヤちゃん、今度は日本人の、もっといい子を連れておいでよ。」

グサッ…。
ほんとに私がいけなかったんだ。
はっきり断れなかったから。
そういう時は、たとえどんなに親しくなってもはっきりキッパリ断れなくちゃね!
遠回しの断り方も×。
日本人同士で通用しても、育った環境も物の考え方も違う外国の人には真意は伝わらない。

亮介兄さんは、3日待ってもまだ来ない。
どうしちゃったんだろう… 途中で何かあったのかなぁ…
心配だヨー…。


そんな夜中のこと、アレハンドラが突然、叫び出したんだ。
「かゆい! かゆいーっ! たまらないっ!!」


それで、とんでもないことに…。





          プチ パリ案内




エッフェル塔

曇りの日のエッフェル塔 (写真 from フォトライブラリー)




セーヌ河より

セーヌ河下り (写真 from フォトライブラリー)





パリ市庁舎    パリ市庁舎500



                   パリ市庁舎
  
    別の時に撮った、夕陽を浴びるパリ市庁舎。
    なぜか建物に、赤いリボンや紋章のような装飾がしてある。
    お祭りの期間とかだったのかな。




パリ市庁舎400

                パリ市庁舎 上と同じ建物
                (写真fromフォトライブラリー)