2-9 国際おせんべいの運命 


あと明日一日しかパリにいられないので、パリ案内を続けるね。
今日はシテ島。

シテ島は、その名の通り、CITE島。英語でいうCITY島。
周囲だけなら1時間で回れそうな、セーヌ河の真ん中に浮かぶ舟のような形の島に、ノートルダム寺院、市庁舎、警察本部、最高裁判所、オテル デュ と呼ばれる市立病院などの主要官庁が、ところ狭しと肩を並べているんだ。
競い合うように、ゴチック建築の傑作揃いで、壮観そのもの。
( ”続きを読む” の絵葉書みて)

その島にかかる数々の橋のデザインもそれぞれ芸術的センスに溢れ、橋巡りをするだけでも一日楽しめそう。
確か、詩にも出てくるよね!

お城風の監獄の角にはパリ一古い大時計があり、その手描き模様の色褪せ方にパリの歴史の古さが感じられたけど、今なお、刻々と時を刻み続けていた。

もとは王宮だったという裁判所の敷地内にある教会堂のステンドグラスの見事さにも感心したけど、

ノートルダム寺院の建物全体細部に手をかけられた彫刻、そして直径10mとか13mの、目も覚めるようなバラのステンドグラス(複数)の前にたたずんだ時は、すっかり心を奪われ、自分の存在があまりに微小で、自分なんてなくなってしまったような気がした。 (外観写真は「5.真珠の涙は涙の真珠?」に)

この寺院建設には180年もかかったそう。
何人の芸術家、職人さんたちに、何代に渡って受け継がれたんだろう。
最初に着手した人々は、その完成を見ることなくして亡くなってしまったんだね!

最高のものを創るためには時間を惜しまないという、その大らかさ、団結心、そして忍耐力を支えているものは、芸術への情熱かなー、それとも、強い信仰心なのかなー…。
とにかく、人間にこれだけのものを創ることができる、という事実に、私は圧倒され、感動した。

フランスはすごいよ!本当にすごい!
人間のすごさ、素晴らしさを、一日二日でもうこんなに感じさせてくれるんだもの。 (まだパリしか見ていないけど)


さて、ここでまた、ユースホステルの話題をひとつ。

日本を発って最初に到着したパリで4~5日滞在したこのユースホステルには何セットもの流し台、ガスコンロ必要器具が揃っていて、材料を持ち込めば自炊もできる。
シャワーも浴び放題で、ヘアドライヤーの使用も無料。

洗面所へ行けば、あらあら、スタイル抜群の外国人女の子たちがバスタオル一枚に裸足で歩き回っている。
みんな私を見て、年端も行かぬ女の子とでも思ってか、にっこり笑いかける。

宿舎は男女で別れ、それぞれの部屋には簡単な二段ベッドが秩序正しく置かれていて、宿人は受付けで当てがわれた番号のベッドにもぐり込むわけだけれど、そのシーツは全世界のユースホステル共通。
長い一枚の白もめん地をふたつに折り、枕と襟カバーの部分だけを残して縫い合わせたもので、“袋”そのものだ。
その中にすっぽり入って毛布をその上にかけて眠るので、手足が大幅には動かせず、寝相の悪い人は袋ごとベッドの上から落ちるしくみになっている。

夜中に少し離れた上段のベッドから中身の入った大きな白い袋がドターンと轟音を立てて床の上に落ちるのを目撃した時には、
一瞬、夢を見ているのかと思ったけど、笑うに笑えずに困ってしまった。
(ブツブツ言いながら元の場所に戻っていたので、大丈夫と思う)

日ごとに顔ぶれの変わるルームメイトたちだけど、朝晩、自然とふたこと、みこと言葉を交わすようになる。
この日に同室になったふたりの女の子たちは、身長180センチもある逞しいノルウエー人。
アルミパイプのついた大きなリュックサックを楽々背負い、ショートパンツにゴムゾウリで、身をかがめながらドアの戸口をくぐって入って来た。

『やさしい単語を並べれば、私の英語も通じるんだな』って思ったのは、この時。

私がジャパニーズイングリッシュで
「あー ゆー すちゅーでんと?」
と問いかけると、
「イエス、ハイスクール スチューデント」
(あらま! あたしよりずっと年下じゃん!)
「トラベリング サマーホリデー」
だって。

私が「ジャパン」というと、
「オー! ゲイシャ! ショーグン!」
には参ったけど、何だかんだ目を白黒させて話していると、

「日本では何を食べるの?
魚を生で食べるの?」

と聞いているみたい。
(この頃は、まだ今ほど和食が世界に広まっていなかったんだね)
すごくへんな顔をして、”信じられない” という面持ちで。

私は焦った。
日本代表として、ここでうまく釈明せねば!

「生といっても海から採ってまるごとかじるわけじゃないのよ。
とてもフレッシュなのを、いいとこだけスライスして、グリーンのジャパニーズマスタード (わさび) とおしょうゆで食べるのよ。」

なかなかうまく言えないよー、ちょっと高度になると… その苛立たしさ!

そこで取りい出しましたるは、数少ない貴重品の、のり付おせんべい。
「どうぞ。日本のお菓子なの。」

ふたりはまじまじその不思議な食べ物を見て、

「板みたい」
「この黒い紙、食べられるの?」

そしてパリ見物から帰った私がごみ箱の中に見つけたものは…!

ごみのまにまに哀れに横たわる、ちょこっと端っこをかじっただけの、その黒紙の貼りついたまるい板っぺらだったのです。

ああ、私の大事なおせんべい!
無情…。








パリのシテ島

cite300.jpg



japon.jpg






2-10 シテ島ファンタジー 


前回紹介したシテ島。
ほんとにファンタスティックでしょ?!

すっかりシテ島に魅せられてしまった私は、出発を明日に控えた今日、もう一度そこに惹き寄せられて行ってしまった。
またまた暇なユース人と連れ立って。

シテ島がパリの中心といわれるのは、その昔パリシイ族が最初に住み着いた場所ということもあるし、パリの何区という区分けもここから始まり、1区がシテ島にあるから。

主要官庁や重要文化財がギッシリなのに、全然いかめしくなくてそのまわりに架かる橋も含め、芸術の小箱のような、不思議な世界。

橋のどれかを渡り、小さな冒険や観光に出かけるのが楽しそう。
前の日にゆっくり見られなかったサント・シャペルやコンシェルジュリーなどを、もう一度見て回ったよ。

サント・シャペルは裁判所の敷地内にある教会で、ノートルダム寺院より小さいけれど、中のステンドグラスはすごい。
ノートルダム寺院のとはまた表情の違うバラ窓もあり、2Fの貴族用の礼拝堂は、下のドアの高さだけ残して壁がぐるり何面も天井までステンドグラスなんだ。
もう、息を呑むほど見事ってこのこと。

コンシェルジュリーの方は、お城の形をした牢獄。
もともとは宮殿だったという。
ここから、革命時にはたくさんの人が断頭台に送られた。
看守にお金を渡せばベッドや個室を与えられたけど、貧乏人は雑居房の床に敷かれた藁の上で寝たそうだ。
こんなところまで来て、身分で分けられたんだね…

王妃マリーアントネットも最後の2か月半をここで過ごした。
14才で嫁ぎ、浪費家で悪女というイメージのまま38才で処刑された彼女の素顔は、世に伝えられているものとはかなり違うという説もある。
タイムスリップすればそこにいるわけだから、会って話してみたい気がしたよ。
(たぶん死んだあとは、言葉の壁はないだろう)

シテ島は、こんなふうに、建築物、歴史、政治、芸術、地理、宗教と、いろんな面からの興味が尽きない。


実は、シテ島に行くと、もうひとつ ”とっておき” があるよ。
シテ島と並んで、ノートルダム寺院の後ろ側に、もういっこ小さな島があるんだ。
その名はサンルイ島。
シテ島が大きい舟なら、その後ろに小さめの舟がちょこんと寄り添っている感じ。
その島にもシテ島から橋を渡って歩いて行けるから、冒険の範囲が広がるでしょ?

サンルイ島は高級住宅地で、パリの人が住みたがる憧れの場所。
粋なブティックやレストラン、カフェ、おみやげ屋さんがいろいろ集まっていて、シテ島と同じく、セーヌ河の両岸といくつもの橋でつながっている。

そのサンルイ島にパリで一番おいしいといわれるアイスクリーム屋さんがあるって聞いて、よけい足がそっちの方に向いてしまい
ノートルダム寺院の横手を通り、サンルイ橋を渡ってちょこっと食べに行って来た。
さすがシテ島と並んでファッションの都パリの発祥地といわれる場所にあるお店らしく、そのアイスクリームのデザインも色も種類も、奇抜で綺麗で豊かで、味もこってりして、すごーく美味しかったよー。
あー、5種類ぐらいしか食べられなくて残念だった。 (何人かで交換もし合って)


せっかくパリにいるので、今日は、思い出に残るであろうシテ島のレストランで、ワインとエスカルゴをひとくち試すことになった。

私たちが行ったのは、もちろん裏通りのこじんまりしたレストラン。
ユース仲間へのパリ案内のお礼も兼ねた、ささやかなお別れ会に。

エスカルゴ料理は、直径2~3センチもある大きなかたつむりに、オリーブ油、バター、たっぷりのパセリを詰め込んで、オーブンで焼いたもので、いい香りはする。

先入観を振り払って、さざえの赤ちゃんとでも思い込むよう努めて、…パクッ
それでもさんざん、うさんくさそうな顔をして、(ノルウエーの子たちが、おせんべいにそうしたように)

舌でその弾力あるでんでん虫の身体の感触をうかがいながら、決心して噛んでみると、…ブチュッ

それが意外に美味だった。
(”かたつむり本来の味が、パセリやにんにくといった薬味の味に乗っ取られていた” という感じだったけど)

そこで誰かが今度は「カエルを食べてみろ」 というので、私は他のお客さんがいることも忘れ、悲鳴を上げて取り乱してしまった。
(全く平和なことで…(;・∀・))

 私、この世で何が一番苦手かというと、あのカエル君なんだ。
 思い浮かべただけで気絶しちゃいそう。
 あの、ヌルっとした、皮の薄そうなお腹。 きもちわるい足の線。
 だいたい、首がないってことが、がまんできない。
 あんなもの食べるなんて、フランスのイメージもいっぺんにダウン。
 (ケロッピちゃんたち、ごめんねー)


明日はお互いにどこにいるのかわからない住所不定の、どちらかというと地球の住人風の皆さん。
つかの間の出会いだったけれど、個性的な一人ひとりの顔、言葉、忘れないよ。

元気でね!





(↓ 「続きを読む」 に写真と説明)


  シテ島・サンルイ島に架かる橋たち

  前回紹介したシテ島と、今回出てきた
  サンルイ島(写真上部)には、
  いくつもの個性的な橋がかかっている。
  せっかくの機会なので名前を調べて
  みたよ。
  どれがどれでしょう?

  いつの日かの、橋巡りの参考にして。 




マリー橋         パリで2番目に古い石造りの橋   
      
       
アレクサンドル3世橋  1900年パリ万博に建設された橋
               四隅の柱には、芸術、農業、闘争、戦争
               を表す四体の像が
       
ジャンジュ橋       警視庁とコンシェルジュリー(元王宮の牢獄)
(両替橋)         の間を抜けて右岸へと架かる
               かつて両替商商人が店を出していたことから
               この名がついた

プチポン          その名の通り、一番小さい橋
               シテ島を挟んだ反対側にあるのが
               ノートルダム橋
          
ポンヌフ 橋        シテ島と右岸を結んでいる
                ”新しい橋”という意味だが、
                パリで一番古い(1604)
                ”ポンヌフの恋人”(1991仏)という映画もある   
            
アルシュヴェシュ橋    かつて寺院とセーヌ河の間に大司教の大き
(大司教橋)        な館があったことに由来するとか
                パリで最も狭い橋で、
                セーヌ河がシテ島でふたつに分かれて最初
                に左側にある

ノートルダム橋       名前の通りのところにあるんでしょう

サンミッシェル橋      石の橋桁の丸い模様の中に浮かび上がる
                Nの文字はナポレオンのN

ドゥーブル橋        橋の長さでも幅でもなく、通行料が
(英:ダブル橋)       2倍だったため、この名に
                もともとはシテ島にあるオテル デュ(慈善病院)
                の職員専用通路だった
          
サンルイ橋         ノートルダム寺院の裏手にある、シテ島か
                らサンルイ島に通ずる橋 

順不同 (実際は13本ある)




ポンヌフ橋
   
ポンヌフ橋

  
ジャンジュ橋

ジャンジュ橋


アレキサンドリア3世橋

アレクサンドリア3世橋



セーヌの橋の上
 
 
 さて、私はどの橋の上にいるのでしょうか?








2-11 ドーバー海峡ひとっ飛び 


またひとりになった。
今日は、ロンドン行きのあやしい飛行機に乗る日です。

ユースホステルでみんなが調べて描いてくれた地図を片手に、その飛行機会社の出張所に辿り着き、空港行きのバスに乗れたまではよかったんだけど、そのバスが…
のどかな田舎道を走り続けるだけで、2時間経ってもどこにも着かないんよ…
 (゚Д゚;)
言葉は通じないし。
マジ、かかる時間に比例して不安が募った。

そうして、バスが着いたのは、ヨーロッパ大陸は地の果て。
すぐ目の前はフランスとイギリスを隔てるドーバー海峡。

つまり、航空切符といえども、
「陸のギリギリまでバスで行き、海を ”ひとっ飛び” して向こう岸に着いたら、またバスでロンドンまで」ということだったんだ。

さすが、密輸切符と疑われる程の格安切符だけのことはある。
所要時間5時間半のうち、飛行機搭乗時間、たったの40分なり。

小さな管制塔があるだけの野原の真ん中から飛び立つ、おもちゃみたいな小型機で、定員30名。
ブルブルとプロペラエンジンを必死で回しながらドーバー海峡の上を飛ぶのだけれど、低空飛行のため、船の甲板のおじさんの顔まではっきり見える。

楽しいじゃないの!♪

ちゃんと青い目をしたお人形のようなフライトアテンダントさんも乗っていて、にっこりして籠に入れたキャンディーを配ってくれた。

何もかもかわいいの!

飛行機は、ダダダダ、ビュンビュン、というような大きな音を立てながら、
キラキラと光る水の上に、大きなとんぼの影を落として飛び続ける。


イギリス上空にさしかかった時は、『これはもしかして本当におとぎの国に連れ込まれてしまったのではないか』 と思った。

ドーバーの絶壁が銀色に輝き、その向こうは地面一面、隅から隅まで緑色。
それを地に、赤いれんがの屋根の家々の白壁が陽の光を受けてくっきり浮かび上がり、最初は何かと思った真っ白い点々の群れは、もこもこの羊さんたちだった。
絵本の色の組み合わせそのものなんだ。


イギリスは入国が厳しいといわれている。
十分なお金と学校の入学手続き済み証明書があっても、身なりや人相で追い返されることもあるそう。
私も所持金を調べられ、帰りの切符の提示を求められた。

「ロンドンの旅行代理店で預かってくれています。」

ユースホステル族の指導により、前の晩暗記した通りに言うと、
「OK!」 スッ。

両替を済ませ、英国バスに乗ると、道路の両脇に咲きそろうマーガレットの白さも、牧場の緑に加わって、いかにも “清潔で明るい国” という印象を受ける。


ところがロンドンに入ったとたん、その印象もがらりと変わった。
街並みは立派だけれど、どこかごみごみしていて暗いんだ。

“ひと昔前までは、家庭で使う暖炉のばい煙がロンドンの町と空を真っ黒にしていた” と聞いたことがあるけど、
その頃、町中をすすけさせたよごれはそのままのよう。
大きな建物の外側をお掃除するのは大変だものね。
”チンチムニー チンチムニー♪” の歌の通り、煙突掃除小僧もいたんだなって納得できた。
(サンタクロースはどうやって、真っ黒な煙突の中を通り抜けたんだ
ろう??)

それにしても緑地帯が多く、赤い二階建てバスや黒塗りの50年代クラッシックカータクシーがよく映える。

真っ赤な制服に金ぼたん、紋章入りの銀の帽子をま深にかぶった、りりしい兵隊さんたちが黒馬に乗って車の列の中をパカパカ通り過ぎた時には、

『これはやっぱりおとぎの国に連れ込まれたに違いない』

と、一人うなずいた。

お祭りでも何でもないのに、いい大人があんなおべべを着て、今世紀の交通渋滞道路をさっそうと行進するでしょうか…。(;´Д`)  

でもすごくかっこよかった。
良く似合って、ピッタリさまになって。

日本の都市の、どちらかというと地味なモノトーン調世界を思えば、
突然カラーの世界へ踏み込んだっていう感じだ。







ドーバー海峡と、ドーバーの白い壁

ドーバーの白い壁web
  
右方向がフランス  
石灰分が多く、こんな色をしている
どおりでイギリスの水もカルシウム分が多く、やかんの中が
白くなっていた。




表面をそうじ中の、ロンドンの建物

ビルのすす取りweb用

黒いのは、すす    ↑そうじ前  ↑そうじ後



弟に送った絵葉書

ロンドン絵葉書弟宛web



弟に送った絵葉書 文面

弟への絵葉書文面web




鮮やかなユニフォームの守衛さん

守衛さんweb用

クリックして、靴のデザインとかも見てみて。
日本男児は、きっと着ない…。 ウン。





スポット訪問記 Vol. 3 モロッコ 

t11.gif


待望のアフリカ大陸に上陸。

モロッコは、アフリカ世界とアラブ世界が混じり合った国。

女性は目の下までベールで隠し、男性は5人まで奥さん持てる。
へび使いに、日曜日の青空市場に、街頭での値切り戦。
(3分の1まで値切れば、それが通常価格だって)
らくだのタクシーに、通りの水売り。
気の遠くなるような時間をかけて作られた工芸品もいっぱい。
手づくりの良さを見せつけられます。

全く違った風土の中で、自分が何者なのかわからなくなりそう。
都心から離れた町を歩いていたら、子どもたちが珍しがって
喜んでゾロゾロと後をついて来た。

あまり珍しがられたので、ほんとうに、自分は特異な人種なのかと
疑ってしまった。
 (゚Д゚≡゚Д゚)?


*****  *****  *****  *****
 

モロッコ切手1   モロッコ切手2


モロッコの切手 (拡大できるよ)


*****  *****  *****  *****
 


近くの町絵葉書

タンジールとタトワーンの間にある町シャフワーン


水売り絵葉書

                 ↑らくだの皮の袋に入れた水を売る水売り 


らくだのタクシー500 


 
 らくだのタクシー



*****  *****  *****  *****


海岸沿いの町タンジールの青空市場



海辺のマーケット1  すっごい活気
  日本人観光客もなかなか
  ここまでは来ないんでしょう








マーケットの子どもたち 「写真のモデルになるから、
 お金ちょうだい!」 
 手に手にいろいろなものを
 持って寄ってくる子どもたち







マーケットの男たち  「あ、日本人だ!何か買って!」 









 
  マーケットの女性  女性は顔だけ出して、体は
  シーツのような布ですっぽ
  り包んでいる

 






  (現地で現像した写真の色は、なぜかセピア色に…)



*****  *****  *****  *****
 
見事なイスラム建築の内装
(クリックしてアップで見て)


アラブ建築内壁 壁や天井の模様は全部
 細かい手彫り彫刻
 








 "アラブ建築内部" タンジール 
 クゥートゥビアパレス内部










ホテルデラトゥールハッサン内部 ホテルのロビー

 左上の装飾も、レース
 カーテンでなくて、細かい
 手彫りの壁だよ






 
*****  *****  *****  *****



知り合い家族と 訪ねて行った、
 教会の管理人さん一家
 

  ごちそうになった
  ミントティーが
  ほんとにおいしかった






ヨーロッパ大陸を臨む2 ヨーロッパ大陸を臨む

  男性がジャラバという
  国民服を着ている  






   

ナントカ団   雨が降るとみんなでフードを
   かぶり、とんがり帽子風で、
   ちょっと子ども番組に出てくる
   ナントカ団 みたいかなー、
   と思った (;・∀・)



*****  *****  *****  *****



2-12 ピカデリーサーカスで 


ちょっと上野駅のような、国際線、国内線の集まるビクトリア駅に着いて、見るとロッカーは使用禁止。
このごろIRA(アイルランド協和国軍)がひんぱんに爆弾をしかけるので、国鉄は神経をとがらせているんだって。

駅前で、イギリス料理ならぬウインピーのハンバーガーでもかじってホーランドパーク内にあるユースホステルへ向かおう。

この国は英語が通じる(当たり前)ので楽。
みんな、こちらが少しでも英語を解するとわかれば、やさしくていねいに応対してくれる。

空気はひんやり。
心細さって、温度と明度に比例するのかな…。

ロンドンの地下鉄では、中近東からやアフリカ系の人が多いのにびっくりした。
切符切る人から、乗務員さん、清掃夫に至るまで、ほとんど彼らで占められている。

人々の表情は、いつもどんよりジメジメしたお天気のせいか、生気がなく、着ているものにもパリのような軽快さはない。

イギリス女性を観察しても、全体的に作りも表情も似通っていて、はっとするほど魅力的な人はあまり見かけない。
(ごめんなさい。これが正直な感想だったので…)

海峡ひとつ隔ててこんなにも風俗が違ってしまうんだろうか。

ホーランドパークは、地下鉄ホーランドパーク駅から徒歩10分。
入口に黒い立派な鉄門のある小さな公園で、その並木のはずれにユースホステルがあった。
ここも設備がよくて、宿代60、朝食30、貸しシーツ20ペンス。
しめて一泊830円。(パリは680円だった)

夜は、パリのユースで別れたイギリス人家庭に滞在中のA子さん、
それからJISのチャーター機で同じく家庭滞在のためロンドンに向かうところだったB君と何となく待ち合わせをしたピカデリーサーカスへ。
お互いにどんな状況になるかわからないので、“その時間に、そこで会えたら会おうね” ってさり気なく言い合って別れただけで、固く約束し合った訳じゃないから、本当に会えるかどうかはわからないんだ。 


ピカデリーサーカスは、リージェントストリート、オックスフォードストリートなど、いくつもの主要道路が出合うロンドンの中心的広場で、中央にエロスの像(誤解のないように。エロスって“愛”という意味なんだって!)と呼ばれる青銅色のアルミニウム製キューピット像があるんだけれど、
その土台がぐるっと階段になっていて、待ち合わせの人々や暇な観光客のたむろし場所になっている。

重厚で誇り高く上品な街並みのロンドンの中心に、新宿の歌舞伎町かロサンゼルスかどこかの繁華街が移植されたような地点で、大きなコカコーラなどの色とりどりの看板にネオンサインにぎやか。
温泉街のおみやげ屋さん風のお店が軒を連ね、店員さんはほとんど、日焼けした顔や髭のりりしい、月の砂漠のアラブ人さんたち(?)。

オフストリートの小さな路地にはポルノ映画館やストリップ劇場が所狭しとひしめいて、懐かしい漢字の中華料理店の看板もちらほら。

A子さんとB君を待ちながら、

「やっぱりエスカルゴとワインをあきらめて、B君と同じJISの飛行機に乗ればよかったかなあ…。
それとも両方とるべきだったか…。」

などと、みみっちいことを思い巡らしていると、現れました!救いの神。







ノスタルジック ピカデリーサーカス


ピカデリーサーカス2


ピカデリーサーカスの写真がないので、前ページのロンドンの
絵葉書の中にある、小さな一こまを拡大した。

ふた昔もみ昔も前のたたずまいだね。
現在の様子は、インターネットで調べて見て。
看板のデザインの違いがおもしろいと思う。
今でも ”より垢抜けた” コカコーラの看板があるみたいだよ。
エロスの像の画像も見つかるはず。
 
夕暮れ時、私はこの右下の像の階段に座って、A子さんと
B君を、ひとりポツンと待ったんだ。




エロスの像台座

エロスの像 台座



たぶん、リージェントストリート


リージェント2


ピカデリーサーカスへ続く通りのひとつで、
高級店やブランドショップが並ぶ。
この写真は、別の時に少し歩いて反対側から撮ったもので、
ピカデリーサーカスはこの先にある。








2-13 ローリングストーンズがやってくる?! 


Aさんは夜行列車でくたくた、B君は、日本からのフライトが大幅に遅れ、空港で何時間も待たされたあげく、ロンドンに着いたのは結局、私と同じくらいの時間だったのだという。
滞在先に荷物を置いて、挨拶もそこそこに飛び出して来たそうな。

私は半袖シャツにサマーセーターを重ね着していたのだけれど、まだ8月 というのに、(今日までだけど。日本を出てまだ5日目なんてね!) 外に出ると凍えてしまいそう。

それでこれから秋を飛び越して冬場に向かうイギリスの気候に合わせて、どっちみち必要になるオーバーを買うことにした。

ロンドンに詳しいA子さんの案内のもとブラブラのぞき歩きしていると、あっという間に一同は、リージェントストリートの裏道、カーナビーストリートの真ん中に。

ロンドンファッションの最先端を行く通りって言われているらしく、珍しいお店がいっぱい並んでいたけど、
たまたまのぞいてみたお店がジーンズや中近東系ファッションのお店ばかりで、オーバーもアフガン主要だったんよ。
あの皮くさくてヒッピー風のやつ。
刺繍がしてあったりする…。

『いい味だけど、今の自分のイメージに合わないなあ…。
だって、学校へも着ていかなくちゃならないわけだし…。』

と躊躇していると、とあるお店の片隅にたったひとつ、まるで毛色の違うツイードの半オーバーがかかっているじゃないの。
取って着てみると、サイズはピッタリ。

そこへ出てきたのが中年の、自称イタリア人のおばさん。

「それは私のオーバーよ。 気に入ったのなら売ってあげるわ。
30ポンドでどう?イタリア製の、あつらえよ。」

A子さんもB君も、よく似合うと言ってくれるけど、
30ポンド(24,000円くらい)は高すぎる。

結局20ポンドまで下げてもらったけど、それでも物価の安いイギリスで、
純毛でもない中古のオーバーに、その時の円換算で16,000円はずいぶん高
かった。。゚(゚´Д`゚)゚。

そのあと、イタリア人経営のレストランで食べたピザがまた、パサパサしていてぶ厚くて、パンケーキのおばけのようだった。
日本のピザは薄くて具とチーズが多くてとろけるようだけれど、どういうのでしょうね、本物のこのピザは!
(日本って、研究して本物よりおいしくしちゃうんじゃないかなー?)


翌朝またふたりと会う約束をしてユースホステルに戻ると、ロビーには例のごとく日本人サークルができていたんだけど、
その日は何人かの外国人も加わって話が国際味を帯びていた。

そこで私は、ニュージーランドの女の子がイギリス人のように何のとどこおりもなく英語で話しているのを見て不思議に思い、

「どうしてあなたは英語をそんなにじょうずに話すの?
いったいどこで習ったの?」

そばにいた日本人に通訳を頼むと、その人、大あわて。
ひとりで汗だくになって、顔をまっ赤にして、

「ノーノー。 何でもない、何でもない!」

他の日本人もあきれ顔で、

「あのね、ニュージーランドでは英語を話すんだよ。
この間までイギリスの植民地だったんだから。」

-そっ そうだったんだ? (゚Д゚;) ほへー


無知な私。大恥をかくところだった。

世界史で習ったのかもしれないけど、頭に何も残っていなかった。
アメリカ人も珍しい日本の環境で、ニュージーランドの人になんて会ったことがないどころか、その存在を聞いたこともなかったんだもん。。 


そこで入った情報が大変なもの。

「明日の午後、ハイドパークで何かすごいことが起こるって噂だ。
ローリングストーンが来るって言ってる奴もいる。
何だかわからないけど、行ってみる価値あるかもよ。」

「えーっ!!」 Σ(@∀@-;)








イタリア人のオーバー

その時イタリア人のおばさんから買ったオーバー
(写真は別の時に撮ったもの)




リージェントストリートにある有名な生地のデパート 
リバティ




リバティ

外観



リバティー内部

内部ディスプレイ1


リバティプリント” と呼ばれる花柄は、日本でもドレスやカーテンや、
可愛い手づくり小物の材料として大人気。


リバティー内部2

内部ディスプレイ2



私がモロッコの市場 (スポット観光編Vol. 3)で着ている花柄の
ワンピースも、これから書く、第三章 中近東諸国・インドへの旅に
唯一持って行った別のワンピースも、
リバティプリントワンピース だったんだよ。