1-6 学校手続きした。切符買った。 

外国へひとりで行くといったって何から始めたらいいのか、
かいもく見当がつかないよね。
世界に飛び出すといったって、世界は広いよー。
いったい最初にどこへ向かえばいいんだろうね。

兄貴のように何週間もかけてシベリア鉄道経由でヨーロッパに行くという手もあるけど、その先へ行ってどうしたらいいのかわかんないよ。
まあ、1か月間、ヨーロッパの鉄道に乗り放題というユーレイルパスを買って行くから、旅先で交通費を使い込んでしまって途方に暮れることはないとしても、頼る人も場所も何も当てがないというのは不安だよ。

亮介兄さんを頼って行くというのも考えたけど、私は放浪の旅っていうのは、あまり性に合わないと思う。根がまじめなんだろうね。

”あてもなく行き当たりばったりで、風の向くまま気のむくまま”
の旅にも憧れるけど、
何だか心の拠り所というか、基盤がないような気がして。
やっぱりある程度目的や期間を決めて、その範囲内でがんばってみるのが好き。

それでね、まず最初は安全と言われているイギリスに行くことにする。
言葉もどうにか通じるだろうし。
中学・高校で習った学校英語は会話には役立たないと言われてはいるけど、全く無駄ってことはないでしょ、辞書引けばいいんだし。

外国の生活に慣れるまで学校に通おう。
そのおかげで簡単な会話ができるようになれば楽勝じゃん。
その間に先のことはまた考えればいい。
現地でいろいろな情報を集めてね。

というわけで、日本国際学生連合 (JISU) のプログラムにあった、イギリス、オックスフォード市での夏期講習&ホームステイに申し込むことにする。

なぜたくさんあった研修地のうちオックスフォードを選んだかといえば、ロンドンのような大都会より静かに勉強に打ち込めそうだったことと、それに、夏期講習プログラムのある学校の名前が気に入ったから。

そんなちょっとした音の響きの感じから来る選択で、行き先での運命が大きく変わって行くんだから、人生は面白いさ。


国際学生証を使ってパリまでの学割切符を買った。
なぜパリまでの切符しか買わなかったかというと、ある格安旅行情報に、
“パリ―ロンドン間、シャンゼリゼにあるダンエアーのプロペラ機切符が安い。
5,800円也” とあったから。
国際学生協会の学割切符は12,000円だったんよ。
それでパリに着いてからシャンゼリゼにその安い切符を買いに行くことに決めた。

えーっ!
見知らぬ土地で切符を買いに行けるのかねー…
それもフランス語の国でさあ…。
…大丈夫。
文明の進んだ国なんだから、聞けばどうにかわかるし、きっと親切な日本人もたくさんいる。
こんなに一生懸命働いて貯めたお金だもの、大事に使わなくちゃ!
節約すればその分長くいられるし。


予防接種も済ませ、ユースホステルカードも作り、日曜日には世界ケチケチ旅行研究会の機関誌や、ヨーロッパが舞台の文学作品などを読みあさり、自分なりの資料ノートを作ったり、一週間分のテレビ・ラジオ講座の復習にいそしんだりした。

もちろん故郷の祖父母を訪ねることも忘れていないよ。
いつの頃からだろう、生まれて初めての顔面神経痛を経験した。
時々目の下の筋肉がピクピク麻痺するんさ。
本人が微笑んでいる最中であろうとおかまいなしに。
よっぽど体の方は疲れているんだね。

さて、出発の日が近づいたので、会社にはお詫びを言い、ボーナスをいただいた直後に辞めさせていただき、親しい人々にもお別れを告げた。

そして夏も終わりに近い今日、羽田へ向かう私のいでたちは、兄のお古のJUNの半袖シャツに、黄色い胸当てのついたジーンズ。
荷物は、ポーチと7キロのリュックサックと本の詰まった手さげかばんひとつ。

引き止めるのをすっかりあきらめた父が、駅まで送ってくれた。


1-7 娘はひとり 

車を止めると、いつもは威勢のいい父がいつになくしんみりして、後ろ姿のまま、

「好きなようにやれ。

俺も若い時から好きなようにやってきて、父親らしいことはお前に何もしてやれなかった。だから何も言えない。だが、テムズ河にバラバラ死体で浮き上がるようなことだけにはならないでくれな。

おとっつぁんはお前がどこで何をしようと、幸せでいてくれさえすればいいんだから。

"親の世話にはならない" ったって、お前がどこかの国で死ぬようなことがあれば、おとっつぁんだってお前の骨を拾いに行くくらいの金はとっとかなきゃならねえべ。
そのくらいの金はちゃんと用意しておくから、何かの時には言って来いよ。
少しくらい送ってやれるからな。

…へんな男にひっかかるんじゃねえぞ!」

後ろ姿でそれだけ言い終えた父は振り返りもせず、そのまま車を発車させ走り去ってしまった。
信じ難いことだけど、なんだか父が泣いていたような気がした。

(『今まで本当にありがとう。』
あんな父だったけど、私は好きだったよ…)


駅前に降り立つと、
きちんと正装した大柄の男性がひとり物陰から出てきた。
それがまあ、よく見ると一週間前までアルバイトしていた割烹の板前さん。
全然わからなかったよ。
だって、真っ白な板前ユニフォームに下駄履きモードでしか見たことない
んだもん。

私は見送りを断ったんだけど、時間を見計らって待っていてくれたらしい。

彼は、
「代表で、お客さんやスタッフからのお餞別を渡しに来た」と、きれいに包装された小さな箱を差し出した。
何人かの有志でお金を集めて、プレゼントを用意してくれたって。
旅の邪魔にならないよう、小さくて役に立つものを選ぶのに苦労したとか。
思いがけなかったし、ひょっとしてずっと待っていてくれたのかなあって
思ったら、ちょっぴり目頭が熱くなった。

「ごめんね、今開けて見る時間ないんだけど、あとで楽しみに開けてもいい?」

「どうぞ」

100キロもありそうなこの板前さんは、無口で正義感溢れる人。
時々洗い場からホールへ出て給仕を手伝っていた私が酔っ払いにからまれた時、厨房から出てきて助けてくれたんだ。
彼が堂々たる風貌で出てきただけで、そのお客さん、酔いが醒めたみたいだったよ。

仕事が終わって家まで送ってくれた時も、言葉少なかったけど、いつも紳士だった。

他のスタッフたちは、「勇気があるね」とか「夢があっていいねー」
と応援してくれていたけど、
彼が言う数少ない言葉や態度には「行かない方がいいんじゃないかなー」
という思いが滲み出ていた。

「何年先になるかわからないんだろう? 美弥ちゃんが戻って来た時にはたぶん店はなくなっているし、俺も故郷に帰っていると思う。
気をつけて無事に帰って来てね。」

彼は小さな声でそう言って立ち去った。
心配そうに恥ずかしそうに、二度くらい振り向きながら。



×××  ×××××  ×××××  ×××××  ×××

海外格安航空券自動販売機 

★  これは、ある旅行会社のPRのために書いてみた記事なんですけど、期間
   を過ぎて終了になりました。
   でも、記念に一部をそのまま残しておくことにします。




「自動販売機のように簡単に格安航空券が買えるのーっ?!」
「すっごいなぁー!!」


私は口コミで情報入手したパリーロンドン間の格安航空券を買うために、
言葉どころか右も左もわからない初めての海外上陸先のパリで、
シャンゼリゼ通りにある小さな旅行会社を訪ね当てなければなりませんでした。

フランスって、街並み景観条例とかで、目立つ広告や看板が禁止されて
いるんですよね。
すぐ目の前に行って小さな表札を読まないと、会社やお店の名前も
わからないんです。(´ヘ`;)

そこに辿り着くための
交通費時間エネルギー気苦労冷汗量を考えると、
あれでよかったのかどうかは疑問です。
だって、冒険的買い方(?)には思いがけないおもしろさに出会う可能性は
あるかもしれませんが、同時に思いがけない危険に遭遇する可能性だって
あるのですから。

(実際、この飛行機に乗った時は、どこか別の目的地へ連れていかれるの
ではないかと、生きた心地がしませんでしたよ。
通常ならドーバー海峡をピョーンと飛び越えて数十分で着くはずなのに、
ナンと5時間半かかったんですもん!
そのお話については、連載の続きでお読み下さいね。)

インターネットが普及し、旅行業務も、”より簡単により広くよりきめ細やかに”
カバーしていただける時代になりました。

”楽しい旅の実現は、確実・簡単手続きの一歩から!”

私も次回海外へ行く時は、イーナトラベルさんのお世話になりま~す!!
あ、その前に、登録して往復旅行券を当てなくっちゃ!



せっかくパリの話題が出たところで…



美弥のプチパリアルバム

- ちっちゃなパリジェンヌといっしょ の巻 -




belle500.jpg

ベルサイユ宮殿 広~い庭の一部
向こうに見えるのが建物だよ
(私、ちょっとデブってるね! …)


ベルサイユ500

ベルサイユ宮殿 建物
(中世の社交界全盛の頃、この宮殿内にはトイレがなかったという噂も…)




ベルサイユ建物



小サム

ベルサイユ宮殿 庭園一部
(池や彫刻がいっぱいさあ)

bel500.jpg

ベルサイユ宮殿 庭園 噴水のほとり
(あんな彫刻が池の中にあるなんてね! びっくりだよ))


エマヌエルとお話し

いっときベビーシッターを頼まれた、
パリジェンヌのたまごエマヌエルとおはなし

(えっ?! 何語で??)
(もっちろんー、フランス語ですよー!)



1-8 新キャラ”堅朗君”登場 

ひとり空港へ向かう手さげかばんの中に、英会話の本やいろんな旅行書類に混じって、一通の手紙が入っている。
それは出発直前の私にスエーデンから届いたもので、一番新しい亮介兄さんのいどころの手がかりを示す紙切れなんだけど、
差出人は兄さんの友だちの堅朗君。

高校時代は服装自由の私立学校だったにも関わらずいつも黒縁メガネに黒学生服。成績優秀で、一流大学を目指していた。
私と道で会っても、体を45度前に倒してにこりともせずに

「こんにちは!」
「失礼します!」

こういう人って漫画やドラマに出てくるだけだと思っていたけど、実在したよ、ガリ勉クン。

東大受験に失敗して2浪したあと早稲田に入った。
”在学しながらまた医大受験に挑戦する”と聞いていたけど、その彼がいつの間にか海の向こうで放浪の旅に出ていたんよ。

そりゃ、おったまげた!!
(亮介兄さんの悪影響でないといいけど…)

その手紙はね、つい最近亮介兄さんが彼のところに立ち寄った時に、ふたりで書いて私に送ってくれたものなんだ。

他愛ないメモ書きみたいな手紙(というか私の手紙への返事)なんだけど、亮介兄さんの近況がわかるし、とても堅朗君からとは思えない、ありがたーいアドバイスが書いてあるから、内容を教えておくね。

(もっとも、英会話指導の部分は、彼らしいと言えないこともないけど。
(;・∀・))


***************************
(↓堅朗より)

君の手紙、昨日読みました。

ぼくは7月5日に北部スエーデンから戻って亮介の「寄るから」って手紙を読んだわけ。それで待っていたら翌々日、亮介が来ました。
てっきりヨーロッパのどこかでヒッチをしていると思っていたので、安心した次第。明日彼はビーチに出発します。
その後はぼくと一緒に働く可能性が強い。
二人ともまだ貧しいから、働かないといざ困った時、動きが取れなくなっちゃうのです。

今7月12日PM2時。(日本時間同日午後10時)です。
亮介はシャワーを浴びています。
美弥ちゃんは今日もくたくたになって仕事を終え、ホッとしているのではないかと思うよ。

所で亮介はぼくのことを「堅朗クン」と呼ぶ。それは誰かの影響です。本当。

亮介と二人で、ここでは希少価値のご飯(ライス)を食べました。
亮介がいろいろ話をしてくれるのをこの4、5日、ぼくは興味を持って聞いています。

彼は色んなことを知っています。夢想家、ロマンチスト。
スエーデン人の女の子や男の子が、「君の友だち、14才?16才?」
と聞くのが想像できます。
彼の心はそのくらい夢で満たされている。夢を食べて生きているような男だな。ホント。

もっと有用な手紙を書けと言われてもですな、よくわからないですな。
いったい何を知りたいの?
ウソ、冗談。
書くよ。

日本人の女の子はかわいいので、ヨーロッパどこに行ってももてるよ。
パリに行っても例外ではない。
パリジャンとずうっと一か月一緒に生活しているので知っているんだ。

最初パリに着くんだろ?
気をつけなさい。
つまり、嫌なら「嫌です」とはっきり言うことですな。

「I have no interest!」
「I don’t have time!」
「I am married! I have two babies!」
「I don’t like you」

等々はっきりと言うこと。
そうでないと、1時間でも2時間でもくっついてくる。
Tel番号なんかすぐ聞いたりするから、嫌な時は

「I don’t have telephone!」
「You don’t need it!」 etc.

とに角笑っていてはだめです。
気があると思われるから。
特に○○○○、○○○、○○○○、等々の人種には気をつけること。
Making love(早い話ナニのこと。○○○○)しか考えてない○○○○○人をぼくは知っているし。
用心、用心。

また手紙よこせ!
ぼくが言えることはこの位。

ぼくは7月中はここにいる。
8月にパリ、ドイツ方面に南下します。

素晴らしい旅ばかり考えないこと。
つらいこといっぱいあるよ。
でも、日本を脱出すること。
これにつきます。
ぼくの場合これが旅のテーマ。
それから考えれば事足りる。
では亮介にバトンタッチします。


(↓亮介より)

HUG。
いとしの妹よ、

顔面神経痛でもがんばっちゃってさ、さすがに俺の妹と思っています。
がんばって下さい。
俺はおまえの「甘い!」という声の聞こえないところで、のんべんだらりでおります。

明日はまたフィンランドへ戻って北へのぼり、ラップランドを通ってお気に入りのノースケープに行きます。
ヒッチハイクうまく行くように祈っていてください。

家の人たちにも元気でやっていると伝えて。
じゃな。

*************************

1-9 ”堅朗君”と恋に落ちる?? 


この堅朗君は何かしらの興味は私に寄せてくれて、
まわりのおせっかい戦略にハマり、デート計画に乗ったこともあるんだけどね、
その時の話題ときたら、世界の政治動向だのサルトルがどーの、
実存主義がどーの、だった。
チンプンカンプンで頭がこんがらかったよ。
ただ、物の見方はいろいろあって面白いなあと思ったけど。

「たとえば、長いガラスのコップは横から見れば長方形だけど、
上から見れば、○(まる)。
それは人間が見るからコップなのであって、
もともとコップはコップでないかもしれない。
いや、コップなんてものは最初からこの世に存在しないのかもしれない。
人間が「これはコップだ」と思うからコップは存在するのであり、
人間が認識しなければコップはコップでも何でもないのだ」

このような説明だったと思うけど。ι(´Д`υ) 

でも、彼がしてくれた イスラエルのキブツ の話にはちょっぴり興味を持ったよ。
社会主義の話の中でだったっけ。

そこではね、
世界中から人々が集まってお金の要らない共同生活をしているらしい。
財産は共有。
農作業やら大工仕事やら自分にできる労働をすれば衣食住を与えられ、
たとえば、窓が壊れれば腕に覚えのある人が来て直してくれる。
病気になれば医師の免許を持ったメンバーがいる診療所で診てくれる。
みんなが平等に自分のできることを提供して助け合って生きているんだって。

「そんな世界があるんだね」
「世界は広いね」
「日本にいたら当たり前だと思っていることが、
他の国へ行ったら当たり前じゃないこともたくさんあるだろう。
僕も一度は海外へ出て、日本を別の見地から見てみたいなあ…」

お父さんもお兄さんたちもみんなお医者さん。
医学部を目指し猛勉強していた堅朗君には、もう今後の道が決まっていて、
親が敷いたそのレールの上を脇見もせずに突っ走っていた。

現実としてあの堅朗君が、
擦れたジーンズとズタ袋で貧乏旅行をしている姿は想像できないよ…
人って変わるもの、ううん、変われるものだね!

その堅朗君がね、小学校のブランコに乗っての社会の授業まがいデートの
最後に、こう言ったんだ。

「うん、美弥ちゃんの意見が聞けてよかった。勉強になった…。」
「(はあっ?(;・∀・))」

ちょっぴり抱いていた憧れも、この言葉でしゅわっと溶けてしまったさ。

この人とは一生、勉強友だちだあっ!

私、近いうちにヨーロッパのどこかにいる堅朗君を訪ねるつもりだよ。
だって、知らない世界で頼る人ほとんどいないし、
その変貌した姿、見てみたいじゃん。
本当の堅朗君に会えるかも。
何の呪縛もない遠い地で、自由になっていっぱい砕けて素敵になった
堅朗君と、恋に落ちちゃったりして…
なあんて、まさかのまさかだよね!!

(この年の暮れに、上記の想像とはまた違った、
「ひょぇーっ?! ほんとかいな?? なんて逞しい!」
という変わり方をした彼とスイスのユースホステルで再会するので
紹介しておいた)


話は戻り、
私はひとり、不安でいっぱいの小さな胸を抑えながら、
空港の集合場所へ向かう。
空が暗くなりにわか雨が降ってきて、満員電車の床は泥まみれ。

その電車も今日はイギリスへ、そして広い世界へ私を運ぶ乗り物のひとつ。
見慣れた窓の景色とも、当分か永遠のお別れだ…

あと数時間後には日本の地面から靴底を離して、
大空へ向かって飛び立つよ!





堅朗


晴れてお医者さんになった堅朗君
(私の想像)



1-10 地上遙か 


空港に着いた。

集合場所に辿り着いておそるおそるあたりを見渡してみると、若者たちがそれぞれの相棒や仲間たちと話している。
緊張と期待あふれる空気の中で。

ひとりぼっちは私くらいなもの。
ドキドキ…。

ほんというと私、近くの町へ行く電車の乗り換えもよくわからないんだ。
この私が、飛行機に乗って、外国の見知らぬ町へ行くんなんてね!
着いてから、いったいどうすればいいんだろ…

急に不安になってきた。

だけど、ここで泣き出してはもとのもくあみ。
もう、引き下がれないよ!
平ちゃらな風を装って、旅慣れた旅人のふりでもして、飛行機に乗り込むっきゃない…

覚悟を決めました。

これだけたくさんのバックパッカーがいるからには、パリでユースホステルへの道を同じくする人たちもいるに違いない、
と予想をかけて、半ば安心はしてたけど、こっちから話しかけて行く勇気は出てこない。

さあ、学生貸し切りのエアーフランスのジャンボジェットに搭乗!
日本の大地から、足を離したよー、とうとう!!
感激と不安で胸が張り裂けそう。

座席番号を頼りに窓際のシートのひとつに収まると、金髪と青い目に紺のユニフォームの似合うフライトアテンダントが、
私の手荷物を頭上の棚に上げてくれようとするので、私は戸惑いながら断わった。
英語を外国人に向かって使うなんて、生まれて初めてだよ。
胸ドキドキ。顔ポッポッ。

でも、決してその手提げかばんの中に貴重品や札束が詰まっていたわけではありません。
それどころかその内訳といったら、茶色がかったリサイクルペーパー製の旅行情報誌、英会話の本、それに筆記用具に洗面道具…なんてとこ。.
底に沈む唯一の貴重品といえば、“日本らしいものを”と叔母さんが贈ってくれた真珠の指輪くらい。
お金とパスポート、ユーレイルパスやトラベラーズチェックなどは、肩から斜めにクロスさせてぶら下げている小さめバッグに入れてある。
これは何があっても肌身離さず持っているつもり。

夜9時をまわる頃、安全ベルト着用の指示があって、機体は唸りをあげて夜の滑走路を走り出し、大きく傾いたかと思ったら、あららっ、もう空の上。

「おかあちゃ~ん!」   ~⊂´⌒∠;゚Д゚)ゝつ 

手に汗握る大スペクタルだったよー、私にとって。

告白すると、私、今でもなぜあんな大きくて重い機体が空に浮かぶのかわからない。
電話で相手の声がそのまま聞こえたり、テレビの画面に遠くの人や風景が映ったりするのも不思議だけど…。
ほんとすべて魔法だね!

魔法の鳥に乗って目をつぶると、もうすぐ夢に見たあのパリの街角に運ばれているってわけ。

エンジンの音もほとんど聞こえず、翼のはばたく音もせず、
うららかな春の海をそっと滑っているよう。
何千メートルの上空をものすごいスピードで飛んでいるなんて、
誰が何といったって信じられない。


そうそう、ずっと気になって、バッグの中で大事に温めていたあの小さな包みを開けてみたら、金色(25金張り!)の腕時計が出てきた。
シンプルで薄くて文字版が大きくて、ベルトはシックな黒の牛皮製。

私、腕時計は持っていたけど、子どもだましのような安物だったんだ。
旅をする人にとって、すごく嬉しいプレゼントだった。
みんなの気持ちに、ありがとう。
いつも身につけることにする。


目的地までは17時間の空の旅。
暗闇の中に月明かりに照らされた地表が見えたのはほんのしばらくのことで、すぐに視界はあたり一面、雲の海になってしまった。
その下に私たちが住んでいる地球があるなんてねー… ∑(゜∀゜)。

食事に出てきた油っこいフランス料理をいただき、油絵を表紙にあしらった、すでにフランス的情緒を覗かせているデザインの
メニューカードの裏表を珍しそうに眺めていると、もう心細く、ごはんが恋しくなってくる私なのでした。ぐすん。。。





夜の地表

夜の地表



(第二章 ヨーロッパ編 に続く)