3-15 マドラスで事件(2) 

ここから、前回の話の続きになるよ。


そのマネージャーは、やっぱり不正をしていた。
(インドの物価にしては)たくさんの給料をもらっていたのに、それと同じくらいの額を自分のポケットに入れていた。
日本の社長は2年間も騙され続けていたんだ。

社長は警察に通報したけど、手入れ前にマネージャーが手を打ったらしく、警察は 「関知しない」 とした。
(しても意味ないよ。公正な捜査や裁判が行われるとはとうてい思えないもの)

その時にマネージャーが私に言った言葉。
「あなたたちはインドの事情をわかっていない。
従業員たちは安い給料で働くのだから、それでいいのだ。
それがビジネスというものだ。

あなたたちは日本のやり方を適合させようとしているのかもしれないが、インドのことは私に任せておけば良かったのだ。」

いいよ。
彼の言うことは正論かもしれない。
もし資本を出し合うとかする ”共同経営者” だったらね。
でも実際は、彼は月給いくらの雇われマネージャーだったんだから、二重経理はまずいでしょう。
”従業員を育て、大事にしたい” という日本人の心が全くわかっていないのはあなたでしょう!


不正が明らかになってから社長を含む日本人スタッフとマネージャーの関係は最悪に。
私が行く前から通訳兼ビジネスアドバイザーだったという日本人の加担も明らかになった。

日本へ帰国するための飛行機のチケットもマネージャーによりキャンセルされ、銀行口座にもアクセスできなくなってしまった。
私たちは事実上、借家に取り残されたというより、監禁、監視されている感じになってしまった。

そこで力を貸してくれたのが、元従業員たち。
夜になると変装して情報を持ってきてくれた。
それで私たちは再度、飛行機の切符を買うことができて、日本へ帰国したんだ。


空港の出国オフィスで、何と私は係官に食ってかかってしまった。
「こういう事情で帰るのです。あなたの国は弱い人たちを見捨て、一部のお金持ちの不正を許す… 何て国なんですか!」
とかいろいろ。
その人たちに言ってもどうにもならないとはわかっていたけど、感情が溢れ出してしまったんだ。

係官は私が泣き出してしまったので、唖然。

社長が後で、
「あの従業員たちのためにここまで泣ける奴がいるなんて、正直あの場面では俺も愕然としたよ。魂がえぐられるような感じだった。」
だって。


これが私のインド・ビジネス編でした。
次回は順番は前後しちゃうけど、マドラスに滞在中訪ねたバンガロールとマイソールを紹介するね。
こんな状況でノーテンキに見えるかもしれないけど、実はそこでつかの間の超切ない恋に落ちてしまう。 

ほどほどに正直にレポートするので、まあ、乞うご期待。
ねこ





(↓追記あり)

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3-16 未来のパレスチナ戦士との恋(前編) (インド) 


前にどこかでインドの電車を写真で紹介したことがあるけど、あれがバンガロールへ最初に行った時のものだったんだ。
一等車だったと思うけど、窓に鉄格子があってね。
男女の席もコンパートメントも分かれていなくて、きちんとした身なりのビジネスマン風青年と隣り合わせになったよ。
ううん、その人と恋には落ちなかった。



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t9.gif


バンガロールは、切なく激しい恋の思い出の地。
誰にだってひとつくらいこんな思い出があっても許されるよねっ!

この町は、インドにしては標高が高く涼しいのでリゾート地として人気がある。
(現在は I T分野で先端を行っているらしい)
公園も建物も洋風のたたずまいで、イギリス人が退職後に住みたいという希望が最も多い避暑地になったこともあるんだって。
実際、イギリス人ばかり住んでいる一区もある。

バンガロールは同じ月(5月)に二度訪れることに。



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元宮殿の県庁縦 元宮殿の県庁 


  元宮殿の県庁の建物


これをデザインした人は、あまりに凝りすぎたということでクビになった
んだって。ガイドブックにそう書いてある。ホントかな。




バンガロールの町 バンガロール建物



  





宿泊先のビルの窓から見たバンガロールの町。    裁判所



桜満開みたい

木の花の種類も多い


こんな花の咲いたこんな木

オレンジ色は紅葉でなくて花の色です。


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バンガロールには1週間滞在したんだけどね、社長の知り合いだというある日本の商社、××貿易のバンガロール支社を訪ね、宿は社員の住居も兼ねているそこのオフィスでお世話になっちゃった。

そのオフィスには英語とビジネスに長けた独身の日本人商社マンが二人いて、スタッフにはチベット難民の人たちを何人か雇っていたので、彼らともいろいろ話すことができて貴重な経験になったよ。



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チベット人女性スタッフ2 チベット人スタッフ二人2  
  ↑ チベット人男性スタッフ二人
  ← チベット人女性スタッフ
    とてもきれいな人



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チベット人スタッフはみな敬虔な仏教徒で、知的で性格も穏やか。
日本人と雰囲気が似ていて、昔からというより前世で知り合いだったような感じがしたよ。

そのオフィスではインド人のまかないのおばさんも雇っていたので、私はインドの家庭料理もごちそうになる幸運に恵まれたけど、
そのおばさんは買い物に行くと自分の家の分まで買った上でおつりを返してよこすのだそう。
たいした額じゃないので、暗黙の了解のような形になっているんだとか。
マドラスの従業員にしろ、日本人に仕えるってほんと、ラッキーだよね。

そこのオフィスの人たちも案内をしてくれたけど、私はほとんど一人でバンガロール観光に出かけた。
その時、日本人旅行者の何人かと出会って、そのうちの一人旅をしていた女性、E子さんを連れ帰ってオフィスにいっしょに泊めてもらったら、2~3日いるうちに彼女はいつの間にか支店長さんの方の日本人青年といい仲になっていたんよ。
めでたしめでたし。

じゃ、もう一人の日本人男性スタッフと私が仲良くなれば良かったって? 話はそううまくはいかないんだわさ。
渋めの硬派でもてそうな人だったけど。

前にも書いたと思うけど、私はまだ風来坊でいたくて、堅苦しい家柄のお嫁さんに収まるのは考えただけで遠慮したかったし、相手だってそんな私はつきあう対象じゃないだろうと思っていたから。

(オックスフォードでいっしょだった優秀で人格的にも申し分なく、将来も有望だったRさん、Tさん、ちゃんちゃんこさん、縁なかったですけど、みなさんいいパートナー見つけてます)

バンガロールでも同じで、チベット人のスタッフは支店長に、
「なぜ美弥さんとつき合わないのか」 と言っていたらしいけど、やっぱ、機と縁の微妙な調合の都合があるんですよ、キューピットさんの。

この1回目の訪問の時にね、町でインドを旅している二人の日本人青年にも会ったんよ。
インドを旅してるくらいだから日逞しく日焼けしてりりしい好青年たちだったけど、この人たちとも恋には落ちなかったんだなぁ。

そしてその人たちとも今だに年賀状を交換し合って、いい友だちでいるよ。
(前置き長くない?dog



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バンガロールの公園で2

バンガロールの公園で出会った子どもたち。(みんな服を着ている!)


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で、そんな私が理屈も何もなく両想いの恋に落ちてしまったのは、公園のベンチで知り合った二人の日本人旅行青年たちの反対側に座っていたアラブの青年たちの中の一人。
一目ぼれじゃないので、その時はまだ何てことないただそこに居合わせた人に過ぎなかったけど。
彼らはパレスチナ人で、インドの大学に留学生という形で亡命して来ていた。

「パレスチナ人なの!? 」

好奇心いっぱいの私は、反対側にいた日本人旅行者青年たちに背を向けて、パレスチナ人青年たちへの熱いインタビューモードに切り替わってしまった。

最初は冷やかし半分、ナンパ気分で私に話しかけていた彼らだけど、私の問いかけに急にま顔なって… 
彼らの国について話し出した。


その中で出て来たのが、「コーゾー オカモト」という名前だった。
みんな、オカモト コウゾウ 知ってる?
彼はパレスチナに同情して、全世界の注目をパレスチナ難民に集めようと必死のハイジャックを企て、囚われた日本人青年。
岡本公三は今(当時のこと)、敵イスラエルの牢の中。
パレスチナ人民にとっては、彼は英雄なんだよ。


パレスチナとイスラエルとの関係については複雑極まりないけど、歴史はどうであれ、パレスチナが弱者であることに間違いはない。
強い方は大国アメリカを味方に付けて弱い方を圧倒的勢力を持って、痛めつけている。
だから弱くても必死で抵抗する。
すると強い方はその何倍何十倍の報復をする。
ダイナマイトと線香花火が戦っているみたいだと思う。

暴力に大きさは関係ないさ。暴力は悪い。
だけど、線香花火の方に同情しちゃうんだよね…判官びいきっていうか…
故郷をなくす悲しみはユダヤ人(イスラエル人)が一番わかっているはずなのに、だから故郷を得るためには道を選ばないというか…

イスラエルにもパレスチナにも平和を望んでいる人たちがいる。
悲しみの連鎖がどこかで断たれるといい。

そうして願うだけの私の目の前のパレスチナ人の友人たちは、下宿の壁に尊敬する闘争グループのリーダーの写真を貼り、
皆いつの日かパレスチナに帰り、死も辞さずに祖国のために闘う覚悟だという。

「日本の人たちに真実を話してくれ。
日本はアメリカ寄りの政府にコントロールされていて、パレスチナの悲劇が知らされていない。」
ときかない。(あれ、アフガン青年も同じようなことを言っていたな)
日本は自由な国だって信じてくれない。

私はもっと彼らについて彼らの国について生きた証言が聞きたくて、
「お友だちになって。また明日会える?」って聞いた。
そしたら、「じゃ、明日もここで会おう」って言ってくれた。


そして翌日、約束の場所にオートバイで私を迎えに来たのがガレブだった。
20才のパレスチナ人大学生だよ!


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