スポット訪問記 Vol.7 スカイ島、ワイト島とブルターニュの島々  

 
  今回より3回続けて、訪ねたいくつかの島々を紹介するけど、 
  まず、今回の島々の位置を、下の地図を見て確認してね。   
  (おおざっぱ+いい加減な地図でゴメン)
             

                                        
島々の手描き地図

  イギリス スコットランド西海岸にある スカイ島
  イギリスの一番下にちょこっとあるのが、ワイト島

  フランスの地図の左上の、犬の頭みたいなところが、
  ブルターニュ地方なんだけど、
  犬の耳の後ろのへんにある島が、ブレア島
  犬の鼻先にあるのが アシャント島


  ( なーんて学術的説明 ! きゃっキャハ )


 


    イギリス スカイ島


スカイ島への船

スカイ島行き船にいっしょに乗った旅人たち


スカイ島道路

スカイ島の道路にて


スカイ島風景

島の風景


ヒースの花

ヒースの花がいっぱい。 ”嵐が丘” を思う。


 ハリーポッターの空中戦は、スカイ島で撮影されたんだって!




    イギリス ワイト島



ワイト島絵葉書

ワイト島 (絵葉書)
ぐるっと一周できる、きれいで可愛い島です。


ワイト島絵葉書2

藁葺き屋根の民家がたくさんありました。



ワイト島写真
まん中にいるよ




    フランス ブルターニュ地方の島ふたつ


(↓ 上の手描き地図の、犬の頭の部分詳細)

ブルターニュ地図


右上の赤まるが Brehat 島
(実は読めない。 (;・∀・)
フランス語ではhを発音しないし、最後のtもそのあとにeがないと
発音しないので、たぶん、”ブレア島” か、ブリア島

左端の赤まるが アシャント島
(実はこれも英名で、フランス語では”ウェッサント島” と読むらしい)







ブレア島 (正しい呼び名は不明) 絵葉書

Ile-de-Brehat.jpg



島の灯台






アシャント島  

ブルターニュの島地図



アシャント島の海岸

アシャント島岩

波の最も荒い海域。
船乗りの墓場と呼ばれる。
満ち、引き潮の差は10m。




アシャント島

島一周、自転車で回れるよ。






 これらの島々について、興味ある人はたまには自分で調べてみて。


 11/11 後からわかったよ。
   Brehat 島の読み方は、”ブレア島” でいいみたい。
   歩いて2時間くらいで一周でき、レンタサイクルもあり。
   シャガールも住んでたんだって!


 
Brilliant 次回は、エーゲ海の島ふたつと、フィリピンのセブ島に
   行ってみるよ。
   地中海と南の島で泳ぐー!
 Brilliant.






スポット訪問記 Vol. 8 エーゲ海の島々とセブ島 


     ギリシャ エーゲ海の島々


丘2
Athens Postcard


アクロポリスの丘

夕暮れのリカピトスの丘 (アテネ) を背景に。
翌日、ミコノス島に向かうよ。






ミコノス島 (冬)

イギリスの学校の休みに行ってきたよ。


ミコノス島絵葉書
     (絵葉書)


ミコノス島では、家も道も教会も、
ろばの顔まで真っ白。
氷の国に迷い込んだみたい。
唯一の交通機関は、ろばさんです。

ミコノス島には教会が100もあります。
それぞれの教会は聖人の名前を持っていて、子どもたちの名前は
それらの中からつけられます。

ちょうどステファンのお誕生日、聖ステファン教会に通りがかりの
私たち招かれて、飲めや歌えやの大騒ぎ。

真っ白な教会で、真っ蒼な海をバックに。

ギリシャの音楽
ギリシャの料理
ギリシャのお酒
ギリシャの漁師さんたち

 ギリシャの踊り
 明るい太陽

ホゼセ ケスケスモ
みなさんのこと、きっと忘れない

南の国のクリスマス






でも、この年の冬は、ヨーロッパに何十年かぶりの大嵐が来て、
船が出なくて、小さな島ので何日も滞在を延ばしたんだよ。
友だちがいたので、その家に泊めてもらえたから良かったけど。



おみやげやさん

島のおみやげ屋さんのおじさん。毎日お茶を飲みに行った。



ミコノスの仲間たち

港の暴風の中で船を待つ私たち



ミコノス絵葉書文面絵葉書切手





12月31日大晦日に、学生専用長距離オンボロバスでアテネを発った。




 

イドラ島 (夏)


イドラ島へ

アテネからイドラ島へ向かう船の上


イドラミズギ

泳いだゾー! エメラルドグリーンと藍色の水が交差する海で!



イドラ島について

この島は東西約23km、南北約5kmの細い形をした島で、
18~19世紀中世にこの島を拠点として財を成した海上貿易商たちの
邸宅が立ち並んでいる。

映画の舞台にもなり、この島に絵を描きにきてそのまま移り住んでし
まう芸術家も多いので、“芸術家の島” とも呼ばれているそう。

島を巡る環状道路はなくて、ミコノス島と同じく唯一の交通機関が馬か
ろばなので、船が着くと港にろばが並んでお客さんを待っている。
荷物を運ぶのもタクシーもろばなんだ。

遠い昔、夢見たエメラルドグリーンの海で泳ぐことにした。
ミコノス島へ行ったのは真冬だったから、エーゲ海で泳ぐのはこれが
初めて。
ビーチへは、船で送り迎えしてもらわなければ行けないというので、
私たちは港に近い海岸の岩場で泳いだ。

最初からいきなり深いので、泳げない人には無理だろう。
海の色はコバルトブルーとエメラルドグリーンが、混ざったり、境界線
を作って色分けされていたり…
たぶん温度により水の色が違い、海流が交差したり合流したりするか
して、海の中でそんな現象が起こっているんだろうね。

もっといい海の色の写真が撮れなかったのが残念!





    フィリピン セブ島


観光地図の前で

空港の観光地図の前で


セブ島マクタンビーチ

マクタンビーチ


セブ島プライベートビーチ

プライベート ビーチらしい


昼寝する人

気持ちよさそうに昼寝する人


やしの木

やしの木の下で。
実は落ちてこなかった。 
(ストロー差してココナツジュース飲みたかったけど…)




ブーゲンビリアの小道

ブーゲンビリアの咲く通路


プールも

プールもあったりして…


聖子ちゃんと

現地でいっしょになった、ちょっぴり聖子似のツアー仲間


セブ島の子どもたちと

海岸でセブ島の子どもたちと


現地でお世話をしてくれたお兄さん

現地でお世話になったお兄さんです




セブ島について (ウィキペディアより抜粋)

南北に225kmに渡って伸びる細長くて大きな島で、面積は4,422
平方キロメートル。
セブの住民はセブノアと呼ばれ、ビサヤ人、中国人、スペイン人、
ネグリト人の混血の子孫。

主な宗教はローマ・カトリック。

スペイン人到来以前よりセブは明、シャム、アラビア、マレーなどの
交易の拠点として栄えていた。


1521年、マゼランは、マクタン島のムスリムの領主、ラブ=ラブと戦っ
て死んだ。
部下たちがスパイスや宝石を島民に差し出そうとしても、マゼランの
遺骨は取り戻すことができなかったという。


太平洋戦争中の1942年4月、日本軍がセブ島に上陸した。
日本軍による占領の時期、フィリピンで最も人口が密集したセブ島は、
重要な物資補給地点・軍事拠点となっていた。

1945年3月、占領から3年後にアメリカ軍が上陸。
日本軍はレイテ島から退却してきた部隊も含めて交戦したが兵力や
武装に劣り、セブ市はアメリカ軍に奪回された。
制海権を握られた日本軍は他の島への退却をあきらめ山岳部にこもり、
地元民によるゲリラや米兵との間でのゲリラ戦を続け、終戦を迎え
多数が降伏した。


祈平和