2-9 国際おせんべいの運命 


あと明日一日しかパリにいられないので、パリ案内を続けるね。
今日はシテ島。

シテ島は、その名の通り、CITE島。英語でいうCITY島。
周囲だけなら1時間で回れそうな、セーヌ河の真ん中に浮かぶ舟のような形の島に、ノートルダム寺院、市庁舎、警察本部、最高裁判所、オテル デュ と呼ばれる市立病院などの主要官庁が、ところ狭しと肩を並べているんだ。
競い合うように、ゴチック建築の傑作揃いで、壮観そのもの。
( ”続きを読む” の絵葉書みて)

その島にかかる数々の橋のデザインもそれぞれ芸術的センスに溢れ、橋巡りをするだけでも一日楽しめそう。
確か、詩にも出てくるよね!

お城風の監獄の角にはパリ一古い大時計があり、その手描き模様の色褪せ方にパリの歴史の古さが感じられたけど、今なお、刻々と時を刻み続けていた。

もとは王宮だったという裁判所の敷地内にある教会堂のステンドグラスの見事さにも感心したけど、

ノートルダム寺院の建物全体細部に手をかけられた彫刻、そして直径10mとか13mの、目も覚めるようなバラのステンドグラス(複数)の前にたたずんだ時は、すっかり心を奪われ、自分の存在があまりに微小で、自分なんてなくなってしまったような気がした。 (外観写真は「5.真珠の涙は涙の真珠?」に)

この寺院建設には180年もかかったそう。
何人の芸術家、職人さんたちに、何代に渡って受け継がれたんだろう。
最初に着手した人々は、その完成を見ることなくして亡くなってしまったんだね!

最高のものを創るためには時間を惜しまないという、その大らかさ、団結心、そして忍耐力を支えているものは、芸術への情熱かなー、それとも、強い信仰心なのかなー…。
とにかく、人間にこれだけのものを創ることができる、という事実に、私は圧倒され、感動した。

フランスはすごいよ!本当にすごい!
人間のすごさ、素晴らしさを、一日二日でもうこんなに感じさせてくれるんだもの。 (まだパリしか見ていないけど)


さて、ここでまた、ユースホステルの話題をひとつ。

日本を発って最初に到着したパリで4~5日滞在したこのユースホステルには何セットもの流し台、ガスコンロ必要器具が揃っていて、材料を持ち込めば自炊もできる。
シャワーも浴び放題で、ヘアドライヤーの使用も無料。

洗面所へ行けば、あらあら、スタイル抜群の外国人女の子たちがバスタオル一枚に裸足で歩き回っている。
みんな私を見て、年端も行かぬ女の子とでも思ってか、にっこり笑いかける。

宿舎は男女で別れ、それぞれの部屋には簡単な二段ベッドが秩序正しく置かれていて、宿人は受付けで当てがわれた番号のベッドにもぐり込むわけだけれど、そのシーツは全世界のユースホステル共通。
長い一枚の白もめん地をふたつに折り、枕と襟カバーの部分だけを残して縫い合わせたもので、“袋”そのものだ。
その中にすっぽり入って毛布をその上にかけて眠るので、手足が大幅には動かせず、寝相の悪い人は袋ごとベッドの上から落ちるしくみになっている。

夜中に少し離れた上段のベッドから中身の入った大きな白い袋がドターンと轟音を立てて床の上に落ちるのを目撃した時には、
一瞬、夢を見ているのかと思ったけど、笑うに笑えずに困ってしまった。
(ブツブツ言いながら元の場所に戻っていたので、大丈夫と思う)

日ごとに顔ぶれの変わるルームメイトたちだけど、朝晩、自然とふたこと、みこと言葉を交わすようになる。
この日に同室になったふたりの女の子たちは、身長180センチもある逞しいノルウエー人。
アルミパイプのついた大きなリュックサックを楽々背負い、ショートパンツにゴムゾウリで、身をかがめながらドアの戸口をくぐって入って来た。

『やさしい単語を並べれば、私の英語も通じるんだな』って思ったのは、この時。

私がジャパニーズイングリッシュで
「あー ゆー すちゅーでんと?」
と問いかけると、
「イエス、ハイスクール スチューデント」
(あらま! あたしよりずっと年下じゃん!)
「トラベリング サマーホリデー」
だって。

私が「ジャパン」というと、
「オー! ゲイシャ! ショーグン!」
には参ったけど、何だかんだ目を白黒させて話していると、

「日本では何を食べるの?
魚を生で食べるの?」

と聞いているみたい。
(この頃は、まだ今ほど和食が世界に広まっていなかったんだね)
すごくへんな顔をして、”信じられない” という面持ちで。

私は焦った。
日本代表として、ここでうまく釈明せねば!

「生といっても海から採ってまるごとかじるわけじゃないのよ。
とてもフレッシュなのを、いいとこだけスライスして、グリーンのジャパニーズマスタード (わさび) とおしょうゆで食べるのよ。」

なかなかうまく言えないよー、ちょっと高度になると… その苛立たしさ!

そこで取りい出しましたるは、数少ない貴重品の、のり付おせんべい。
「どうぞ。日本のお菓子なの。」

ふたりはまじまじその不思議な食べ物を見て、

「板みたい」
「この黒い紙、食べられるの?」

そしてパリ見物から帰った私がごみ箱の中に見つけたものは…!

ごみのまにまに哀れに横たわる、ちょこっと端っこをかじっただけの、その黒紙の貼りついたまるい板っぺらだったのです。

ああ、私の大事なおせんべい!
無情…。








パリのシテ島

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2-10 シテ島ファンタジー 


前回紹介したシテ島。
ほんとにファンタスティックでしょ?!

すっかりシテ島に魅せられてしまった私は、出発を明日に控えた今日、もう一度そこに惹き寄せられて行ってしまった。
またまた暇なユース人と連れ立って。

シテ島がパリの中心といわれるのは、その昔パリシイ族が最初に住み着いた場所ということもあるし、パリの何区という区分けもここから始まり、1区がシテ島にあるから。

主要官庁や重要文化財がギッシリなのに、全然いかめしくなくてそのまわりに架かる橋も含め、芸術の小箱のような、不思議な世界。

橋のどれかを渡り、小さな冒険や観光に出かけるのが楽しそう。
前の日にゆっくり見られなかったサント・シャペルやコンシェルジュリーなどを、もう一度見て回ったよ。

サント・シャペルは裁判所の敷地内にある教会で、ノートルダム寺院より小さいけれど、中のステンドグラスはすごい。
ノートルダム寺院のとはまた表情の違うバラ窓もあり、2Fの貴族用の礼拝堂は、下のドアの高さだけ残して壁がぐるり何面も天井までステンドグラスなんだ。
もう、息を呑むほど見事ってこのこと。

コンシェルジュリーの方は、お城の形をした牢獄。
もともとは宮殿だったという。
ここから、革命時にはたくさんの人が断頭台に送られた。
看守にお金を渡せばベッドや個室を与えられたけど、貧乏人は雑居房の床に敷かれた藁の上で寝たそうだ。
こんなところまで来て、身分で分けられたんだね…

王妃マリーアントネットも最後の2か月半をここで過ごした。
14才で嫁ぎ、浪費家で悪女というイメージのまま38才で処刑された彼女の素顔は、世に伝えられているものとはかなり違うという説もある。
タイムスリップすればそこにいるわけだから、会って話してみたい気がしたよ。
(たぶん死んだあとは、言葉の壁はないだろう)

シテ島は、こんなふうに、建築物、歴史、政治、芸術、地理、宗教と、いろんな面からの興味が尽きない。


実は、シテ島に行くと、もうひとつ ”とっておき” があるよ。
シテ島と並んで、ノートルダム寺院の後ろ側に、もういっこ小さな島があるんだ。
その名はサンルイ島。
シテ島が大きい舟なら、その後ろに小さめの舟がちょこんと寄り添っている感じ。
その島にもシテ島から橋を渡って歩いて行けるから、冒険の範囲が広がるでしょ?

サンルイ島は高級住宅地で、パリの人が住みたがる憧れの場所。
粋なブティックやレストラン、カフェ、おみやげ屋さんがいろいろ集まっていて、シテ島と同じく、セーヌ河の両岸といくつもの橋でつながっている。

そのサンルイ島にパリで一番おいしいといわれるアイスクリーム屋さんがあるって聞いて、よけい足がそっちの方に向いてしまい
ノートルダム寺院の横手を通り、サンルイ橋を渡ってちょこっと食べに行って来た。
さすがシテ島と並んでファッションの都パリの発祥地といわれる場所にあるお店らしく、そのアイスクリームのデザインも色も種類も、奇抜で綺麗で豊かで、味もこってりして、すごーく美味しかったよー。
あー、5種類ぐらいしか食べられなくて残念だった。 (何人かで交換もし合って)


せっかくパリにいるので、今日は、思い出に残るであろうシテ島のレストランで、ワインとエスカルゴをひとくち試すことになった。

私たちが行ったのは、もちろん裏通りのこじんまりしたレストラン。
ユース仲間へのパリ案内のお礼も兼ねた、ささやかなお別れ会に。

エスカルゴ料理は、直径2~3センチもある大きなかたつむりに、オリーブ油、バター、たっぷりのパセリを詰め込んで、オーブンで焼いたもので、いい香りはする。

先入観を振り払って、さざえの赤ちゃんとでも思い込むよう努めて、…パクッ
それでもさんざん、うさんくさそうな顔をして、(ノルウエーの子たちが、おせんべいにそうしたように)

舌でその弾力あるでんでん虫の身体の感触をうかがいながら、決心して噛んでみると、…ブチュッ

それが意外に美味だった。
(”かたつむり本来の味が、パセリやにんにくといった薬味の味に乗っ取られていた” という感じだったけど)

そこで誰かが今度は「カエルを食べてみろ」 というので、私は他のお客さんがいることも忘れ、悲鳴を上げて取り乱してしまった。
(全く平和なことで…(;・∀・))

 私、この世で何が一番苦手かというと、あのカエル君なんだ。
 思い浮かべただけで気絶しちゃいそう。
 あの、ヌルっとした、皮の薄そうなお腹。 きもちわるい足の線。
 だいたい、首がないってことが、がまんできない。
 あんなもの食べるなんて、フランスのイメージもいっぺんにダウン。
 (ケロッピちゃんたち、ごめんねー)


明日はお互いにどこにいるのかわからない住所不定の、どちらかというと地球の住人風の皆さん。
つかの間の出会いだったけれど、個性的な一人ひとりの顔、言葉、忘れないよ。

元気でね!





(↓ 「続きを読む」 に写真と説明)


  シテ島・サンルイ島に架かる橋たち

  前回紹介したシテ島と、今回出てきた
  サンルイ島(写真上部)には、
  いくつもの個性的な橋がかかっている。
  せっかくの機会なので名前を調べて
  みたよ。
  どれがどれでしょう?

  いつの日かの、橋巡りの参考にして。 




マリー橋         パリで2番目に古い石造りの橋   
      
       
アレクサンドル3世橋  1900年パリ万博に建設された橋
               四隅の柱には、芸術、農業、闘争、戦争
               を表す四体の像が
       
ジャンジュ橋       警視庁とコンシェルジュリー(元王宮の牢獄)
(両替橋)         の間を抜けて右岸へと架かる
               かつて両替商商人が店を出していたことから
               この名がついた

プチポン          その名の通り、一番小さい橋
               シテ島を挟んだ反対側にあるのが
               ノートルダム橋
          
ポンヌフ 橋        シテ島と右岸を結んでいる
                ”新しい橋”という意味だが、
                パリで一番古い(1604)
                ”ポンヌフの恋人”(1991仏)という映画もある   
            
アルシュヴェシュ橋    かつて寺院とセーヌ河の間に大司教の大き
(大司教橋)        な館があったことに由来するとか
                パリで最も狭い橋で、
                セーヌ河がシテ島でふたつに分かれて最初
                に左側にある

ノートルダム橋       名前の通りのところにあるんでしょう

サンミッシェル橋      石の橋桁の丸い模様の中に浮かび上がる
                Nの文字はナポレオンのN

ドゥーブル橋        橋の長さでも幅でもなく、通行料が
(英:ダブル橋)       2倍だったため、この名に
                もともとはシテ島にあるオテル デュ(慈善病院)
                の職員専用通路だった
          
サンルイ橋         ノートルダム寺院の裏手にある、シテ島か
                らサンルイ島に通ずる橋 

順不同 (実際は13本ある)




ポンヌフ橋
   
ポンヌフ橋

  
ジャンジュ橋

ジャンジュ橋


アレキサンドリア3世橋

アレクサンドリア3世橋



セーヌの橋の上
 
 
 さて、私はどの橋の上にいるのでしょうか?