2-31 堅朗君に会いにスイスへ 


新しい仲間を紹介するね。

スペインを熱愛し、二年間旅してジプシーの踊りや庶民の生活を撮り続けた
仁さん。
宝石に魅せられ、ロンドンの宝石学校入学のために苦闘中の真さん。
日本舞踊の名取りで、オペアガールだった優香さん。

最近はこの3人とよく、フラメンコのポスターの貼ってある仁さんの屋根裏部屋に集まっては、仁さんのフラメンコギターを聴きながら溜め息をついている。

仁さんの宿がある通りを歩いていると、雨に濡れる古い石造りの建物のてっぺんにある彼の部屋の赤いカーテンの隙間からフラメンコの曲が流れて来る。
哀愁があるんだ、それが。

みんな次の月にはどこで何をしているやら、本人にもわからない身の上だけど、
今、たまたまなぜかお互いに惹かれ合い、なんとなく集まってはいくばくかの同じ時を過ごしている。

スペインにカルメンという崇拝の君を残して来た仁さん。
スペインは保守的で、未婚の女性を訪ねた時は、ドアを10センチ開けておく風習があるとか。

地方に行くと、日本人だというだけで、
「優秀に違いない、娘を嫁にもらってくれ」
っていう人もいるんだって。

彼女の手紙、いつも微妙で、お国柄が異なるせいか、(それとも世界共通か)仁さん、いわゆる行間が読み取れなくて、振り回されていた。

真さんは日本に相思相愛の売れっ子イラストレーターの婚約者を残して来たんだけど、
「私のことは構わずに好きなだけ勉強して来て」 という手紙に、
「彼女らしくない。俺にあいそをつかしたんだ」
と、二週間閉じこもって酒びたりになっていた。
これも、”女心がわからない” と、私たちの意見懇願の口。

優香さんは、この新学期、初めはうまくいっていたオペアの家庭だけど、奥さんが後妻のせいか、嫉妬と八つ当たりを一身に受けるようになり… 只今、二階の窓から夜逃げを考え中。


そんな3人と私が、1974年、冬休み、仁さんのシトロエン、通称ベニア板版(ⅡCV)で、スペインに向かうことになった。
私だけ予算の都合で途中下車。
一人学生列車で帰って来まーす。

スイスでは、今チューリッヒに逗留中の堅朗君と合流する予定だよ!


ベルギーの港町、オーステンドに渡ると、そこはもう、異国風。

ブリュッセルはEECやNATOの本部があり、地理的にもヨーロッパの中心みたいだけど、ロマンチックな中世風のゴチック建築がいっぱい。
小便小僧の噴水も、道端でおどけてみせる子どもたちも、お店の、それぞれ趣向を凝らした伝統的な看板も、どこか小粋で、小さなパリのようだった。

ドイツに入るとまた雰囲気一変。
人々はりちぎそうで、建物にしろお店にしろ、すべてがきちんと、一寸の狂いもなく作られ、あるべきところにあるべこものがある、という感じ。

職人の国で、今でも仕事は親方-弟子システムで、一から徹底的に物の作り方を教わるとか。
ショーウインドウを覗いても、セットになっているものが多くて、そのうちのひとつを買うのは悪いよう。
何か、完璧の匂いのする国だ。

ケルンは、コロン(香水)の発祥地。
600年かけたという、高さ157mもあるゴチック建築の大寺院、素晴らしかった!

初夜(?)はユースホステルの発祥地、デュッセルドルフ。

フランクフルトでは、本場のソーセージやビールをたらふく。

ゲーテ館を見て、さて、スイスの国境を越えたところ、ユースホステルは冬休み休館。

物価の高さに足並み揃え、どんな安ホテルも一級並みの価格なんだ。
それでドイツへ戻ったのだけど、今度はホテルが見つからない。
それで車の中で一夜を明かすことにしたんだけど、ウエファーのような車。
鼻水も凍る寒さだよー。

すると、曇った窓ガラスを眩しいヘッドライトが照らし、見れば、囲まれているじゃないの、パトカーに!!



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ミニアルバム ドイツ編



デュッセルドルフとライン川

デュッセルドルフとライン河



ライン川のほとり

ライン河のほとりで



フランクフルトの絵葉書

フランクフルトの絵葉書



ゲーテ館中庭

ゲーテ館 中庭




swiss.jpg

ドイツとスイス国境近く、バーゼルのユースホステルの庭で。
冬季休館だった。




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2-32 ベルン大聖堂 


バタン、バタンとパトカーのドアの音。
冷気に高らかに響き渡り、体格のいい警官たちが懐中電灯を手に迫り来て、

「何者だ?! ここで何をしている?!」

亮介兄さんたちのワーゲンバスが、日本赤軍に間違えられてドイツ警官にぐるりと囲まれ、全員独房に放り込まれたというのは、つい数週間前のお話。 一瞬、どうなるかと思った!

けど、何も悪いことはしていないので、にっこり笑って、
「旅の者です。」

仲間たちも引きつる顔で、
「ホテルが見つからないので、ここで夜明かしすることにしたのです。」
と、口々に。

パスポート、学生証を念入りに調べられたあと、お巡りさんは、手柄を立てそこねて気落ちしたのか、それとも、赤軍派の攻撃に命を落とさずにすんでホッとしたのか、急に気を緩ませて、

「エクスキューズ ミー。 このところ日本赤軍が暴れているのでね。OK。
なんだったらホテルまで誘導してあげようか?」

「いいえ、結構です。 もう夜も明けますから。

でもなぜ、私たちがここにいるとわかったのですか?
こんなへんぴな町はずれ?」

「近所の人が通報して来たのだ。」

あたりの家々の、ひとつひとつの暗い窓のうしろから、良市民の視線
がいっせいに注がれているような気がしてゾーッ。

「じゃ、良い旅をね!」
「ダンケ。グッバイ!」


それにしても同じ日本の若者でも、世界各地で過激な行動を取り、人々を恐怖におののかせている赤軍派もいれば、私たちのように自分が生きるのに精いっぱいの放浪人もいる。

誰も世界平和、世の中の改革を願っているのは同じだと思うけど、自分たちの主張を通すために罪のない人々の命まで巻き添えにするのはいけないと思う。
パリでも、今まで親日家だった人々でさえ、相次ぐ日本赤軍のニュースに、日本人に冷たくなり、中には下宿を追い出された人もいると聞いた。


朝焼けのスイスの国境を越えると、そこは夢の国。
アルプスの山々を背景に、何もかも研ぎ澄まされた美しさ。
首都ベルンへ下る丘の上から町全体を見下ろした時は、まあ、立体絵画を見ているようだった。
中世のままの旧市街地の塔や、赤茶色の煉瓦屋根の家々、緑の木立が、湾曲して流れるアーレ川に澄んだ影を落として。

旧市街地では、石畳の道に、古い噴水、人形や動物の彫刻のついた時計台が、どこを曲がっても、私たちを子どもに還ったように喜ばせてくれた。


ひとくちメモ
この美しいベルンの旧市街は世界遺産に登録されている。
それに、1905年まで、アインシュタイン博士はベルンに住んでいたんだって。


優美なゴチック大寺院の尖塔めざして路地を迷い行くと、美しい合唱が流れて来た。
がらあんとした礼拝堂で白ガウンをまとった天使たちが、クリスマスコーラスの練習をしていたんだ。

ステンドグラスを通った夕陽のかけらが床にちろちろ、色とりどり、かげろうを落として、息づいて揺れているようだった。


もうすぐクリスマス。
雪よ、降れ降れ。








ベルン大聖堂
 
ベルン大聖堂 (絵葉書)
後期ゴチック建築の傑作。スイスで最も高い尖塔。 







ベルンの劇場

ベルンの劇場 (絵葉書)