1-9 ”堅朗君”と恋に落ちる?? 


この堅朗君は何かしらの興味は私に寄せてくれて、
まわりのおせっかい戦略にハマり、デート計画に乗ったこともあるんだけどね、
その時の話題ときたら、世界の政治動向だのサルトルがどーの、
実存主義がどーの、だった。
チンプンカンプンで頭がこんがらかったよ。
ただ、物の見方はいろいろあって面白いなあと思ったけど。

「たとえば、長いガラスのコップは横から見れば長方形だけど、
上から見れば、○(まる)。
それは人間が見るからコップなのであって、
もともとコップはコップでないかもしれない。
いや、コップなんてものは最初からこの世に存在しないのかもしれない。
人間が「これはコップだ」と思うからコップは存在するのであり、
人間が認識しなければコップはコップでも何でもないのだ」

このような説明だったと思うけど。ι(´Д`υ) 

でも、彼がしてくれた イスラエルのキブツ の話にはちょっぴり興味を持ったよ。
社会主義の話の中でだったっけ。

そこではね、
世界中から人々が集まってお金の要らない共同生活をしているらしい。
財産は共有。
農作業やら大工仕事やら自分にできる労働をすれば衣食住を与えられ、
たとえば、窓が壊れれば腕に覚えのある人が来て直してくれる。
病気になれば医師の免許を持ったメンバーがいる診療所で診てくれる。
みんなが平等に自分のできることを提供して助け合って生きているんだって。

「そんな世界があるんだね」
「世界は広いね」
「日本にいたら当たり前だと思っていることが、
他の国へ行ったら当たり前じゃないこともたくさんあるだろう。
僕も一度は海外へ出て、日本を別の見地から見てみたいなあ…」

お父さんもお兄さんたちもみんなお医者さん。
医学部を目指し猛勉強していた堅朗君には、もう今後の道が決まっていて、
親が敷いたそのレールの上を脇見もせずに突っ走っていた。

現実としてあの堅朗君が、
擦れたジーンズとズタ袋で貧乏旅行をしている姿は想像できないよ…
人って変わるもの、ううん、変われるものだね!

その堅朗君がね、小学校のブランコに乗っての社会の授業まがいデートの
最後に、こう言ったんだ。

「うん、美弥ちゃんの意見が聞けてよかった。勉強になった…。」
「(はあっ?(;・∀・))」

ちょっぴり抱いていた憧れも、この言葉でしゅわっと溶けてしまったさ。

この人とは一生、勉強友だちだあっ!

私、近いうちにヨーロッパのどこかにいる堅朗君を訪ねるつもりだよ。
だって、知らない世界で頼る人ほとんどいないし、
その変貌した姿、見てみたいじゃん。
本当の堅朗君に会えるかも。
何の呪縛もない遠い地で、自由になっていっぱい砕けて素敵になった
堅朗君と、恋に落ちちゃったりして…
なあんて、まさかのまさかだよね!!

(この年の暮れに、上記の想像とはまた違った、
「ひょぇーっ?! ほんとかいな?? なんて逞しい!」
という変わり方をした彼とスイスのユースホステルで再会するので
紹介しておいた)


話は戻り、
私はひとり、不安でいっぱいの小さな胸を抑えながら、
空港の集合場所へ向かう。
空が暗くなりにわか雨が降ってきて、満員電車の床は泥まみれ。

その電車も今日はイギリスへ、そして広い世界へ私を運ぶ乗り物のひとつ。
見慣れた窓の景色とも、当分か永遠のお別れだ…

あと数時間後には日本の地面から靴底を離して、
大空へ向かって飛び立つよ!





堅朗


晴れてお医者さんになった堅朗君
(私の想像)



1-10 地上遙か 


空港に着いた。

集合場所に辿り着いておそるおそるあたりを見渡してみると、若者たちがそれぞれの相棒や仲間たちと話している。
緊張と期待あふれる空気の中で。

ひとりぼっちは私くらいなもの。
ドキドキ…。

ほんというと私、近くの町へ行く電車の乗り換えもよくわからないんだ。
この私が、飛行機に乗って、外国の見知らぬ町へ行くんなんてね!
着いてから、いったいどうすればいいんだろ…

急に不安になってきた。

だけど、ここで泣き出してはもとのもくあみ。
もう、引き下がれないよ!
平ちゃらな風を装って、旅慣れた旅人のふりでもして、飛行機に乗り込むっきゃない…

覚悟を決めました。

これだけたくさんのバックパッカーがいるからには、パリでユースホステルへの道を同じくする人たちもいるに違いない、
と予想をかけて、半ば安心はしてたけど、こっちから話しかけて行く勇気は出てこない。

さあ、学生貸し切りのエアーフランスのジャンボジェットに搭乗!
日本の大地から、足を離したよー、とうとう!!
感激と不安で胸が張り裂けそう。

座席番号を頼りに窓際のシートのひとつに収まると、金髪と青い目に紺のユニフォームの似合うフライトアテンダントが、
私の手荷物を頭上の棚に上げてくれようとするので、私は戸惑いながら断わった。
英語を外国人に向かって使うなんて、生まれて初めてだよ。
胸ドキドキ。顔ポッポッ。

でも、決してその手提げかばんの中に貴重品や札束が詰まっていたわけではありません。
それどころかその内訳といったら、茶色がかったリサイクルペーパー製の旅行情報誌、英会話の本、それに筆記用具に洗面道具…なんてとこ。.
底に沈む唯一の貴重品といえば、“日本らしいものを”と叔母さんが贈ってくれた真珠の指輪くらい。
お金とパスポート、ユーレイルパスやトラベラーズチェックなどは、肩から斜めにクロスさせてぶら下げている小さめバッグに入れてある。
これは何があっても肌身離さず持っているつもり。

夜9時をまわる頃、安全ベルト着用の指示があって、機体は唸りをあげて夜の滑走路を走り出し、大きく傾いたかと思ったら、あららっ、もう空の上。

「おかあちゃ~ん!」   ~⊂´⌒∠;゚Д゚)ゝつ 

手に汗握る大スペクタルだったよー、私にとって。

告白すると、私、今でもなぜあんな大きくて重い機体が空に浮かぶのかわからない。
電話で相手の声がそのまま聞こえたり、テレビの画面に遠くの人や風景が映ったりするのも不思議だけど…。
ほんとすべて魔法だね!

魔法の鳥に乗って目をつぶると、もうすぐ夢に見たあのパリの街角に運ばれているってわけ。

エンジンの音もほとんど聞こえず、翼のはばたく音もせず、
うららかな春の海をそっと滑っているよう。
何千メートルの上空をものすごいスピードで飛んでいるなんて、
誰が何といったって信じられない。


そうそう、ずっと気になって、バッグの中で大事に温めていたあの小さな包みを開けてみたら、金色(25金張り!)の腕時計が出てきた。
シンプルで薄くて文字版が大きくて、ベルトはシックな黒の牛皮製。

私、腕時計は持っていたけど、子どもだましのような安物だったんだ。
旅をする人にとって、すごく嬉しいプレゼントだった。
みんなの気持ちに、ありがとう。
いつも身につけることにする。


目的地までは17時間の空の旅。
暗闇の中に月明かりに照らされた地表が見えたのはほんのしばらくのことで、すぐに視界はあたり一面、雲の海になってしまった。
その下に私たちが住んでいる地球があるなんてねー… ∑(゜∀゜)。

食事に出てきた油っこいフランス料理をいただき、油絵を表紙にあしらった、すでにフランス的情緒を覗かせているデザインの
メニューカードの裏表を珍しそうに眺めていると、もう心細く、ごはんが恋しくなってくる私なのでした。ぐすん。。。





夜の地表

夜の地表



(第二章 ヨーロッパ編 に続く)