1-7 娘はひとり 

車を止めると、いつもは威勢のいい父がいつになくしんみりして、後ろ姿のまま、

「好きなようにやれ。

俺も若い時から好きなようにやってきて、父親らしいことはお前に何もしてやれなかった。だから何も言えない。だが、テムズ河にバラバラ死体で浮き上がるようなことだけにはならないでくれな。

おとっつぁんはお前がどこで何をしようと、幸せでいてくれさえすればいいんだから。

"親の世話にはならない" ったって、お前がどこかの国で死ぬようなことがあれば、おとっつぁんだってお前の骨を拾いに行くくらいの金はとっとかなきゃならねえべ。
そのくらいの金はちゃんと用意しておくから、何かの時には言って来いよ。
少しくらい送ってやれるからな。

…へんな男にひっかかるんじゃねえぞ!」

後ろ姿でそれだけ言い終えた父は振り返りもせず、そのまま車を発車させ走り去ってしまった。
信じ難いことだけど、なんだか父が泣いていたような気がした。

(『今まで本当にありがとう。』
あんな父だったけど、私は好きだったよ…)


駅前に降り立つと、
きちんと正装した大柄の男性がひとり物陰から出てきた。
それがまあ、よく見ると一週間前までアルバイトしていた割烹の板前さん。
全然わからなかったよ。
だって、真っ白な板前ユニフォームに下駄履きモードでしか見たことない
んだもん。

私は見送りを断ったんだけど、時間を見計らって待っていてくれたらしい。

彼は、
「代表で、お客さんやスタッフからのお餞別を渡しに来た」と、きれいに包装された小さな箱を差し出した。
何人かの有志でお金を集めて、プレゼントを用意してくれたって。
旅の邪魔にならないよう、小さくて役に立つものを選ぶのに苦労したとか。
思いがけなかったし、ひょっとしてずっと待っていてくれたのかなあって
思ったら、ちょっぴり目頭が熱くなった。

「ごめんね、今開けて見る時間ないんだけど、あとで楽しみに開けてもいい?」

「どうぞ」

100キロもありそうなこの板前さんは、無口で正義感溢れる人。
時々洗い場からホールへ出て給仕を手伝っていた私が酔っ払いにからまれた時、厨房から出てきて助けてくれたんだ。
彼が堂々たる風貌で出てきただけで、そのお客さん、酔いが醒めたみたいだったよ。

仕事が終わって家まで送ってくれた時も、言葉少なかったけど、いつも紳士だった。

他のスタッフたちは、「勇気があるね」とか「夢があっていいねー」
と応援してくれていたけど、
彼が言う数少ない言葉や態度には「行かない方がいいんじゃないかなー」
という思いが滲み出ていた。

「何年先になるかわからないんだろう? 美弥ちゃんが戻って来た時にはたぶん店はなくなっているし、俺も故郷に帰っていると思う。
気をつけて無事に帰って来てね。」

彼は小さな声でそう言って立ち去った。
心配そうに恥ずかしそうに、二度くらい振り向きながら。



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1-8 新キャラ”堅朗君”登場 

ひとり空港へ向かう手さげかばんの中に、英会話の本やいろんな旅行書類に混じって、一通の手紙が入っている。
それは出発直前の私にスエーデンから届いたもので、一番新しい亮介兄さんのいどころの手がかりを示す紙切れなんだけど、
差出人は兄さんの友だちの堅朗君。

高校時代は服装自由の私立学校だったにも関わらずいつも黒縁メガネに黒学生服。成績優秀で、一流大学を目指していた。
私と道で会っても、体を45度前に倒してにこりともせずに

「こんにちは!」
「失礼します!」

こういう人って漫画やドラマに出てくるだけだと思っていたけど、実在したよ、ガリ勉クン。

東大受験に失敗して2浪したあと早稲田に入った。
”在学しながらまた医大受験に挑戦する”と聞いていたけど、その彼がいつの間にか海の向こうで放浪の旅に出ていたんよ。

そりゃ、おったまげた!!
(亮介兄さんの悪影響でないといいけど…)

その手紙はね、つい最近亮介兄さんが彼のところに立ち寄った時に、ふたりで書いて私に送ってくれたものなんだ。

他愛ないメモ書きみたいな手紙(というか私の手紙への返事)なんだけど、亮介兄さんの近況がわかるし、とても堅朗君からとは思えない、ありがたーいアドバイスが書いてあるから、内容を教えておくね。

(もっとも、英会話指導の部分は、彼らしいと言えないこともないけど。
(;・∀・))


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(↓堅朗より)

君の手紙、昨日読みました。

ぼくは7月5日に北部スエーデンから戻って亮介の「寄るから」って手紙を読んだわけ。それで待っていたら翌々日、亮介が来ました。
てっきりヨーロッパのどこかでヒッチをしていると思っていたので、安心した次第。明日彼はビーチに出発します。
その後はぼくと一緒に働く可能性が強い。
二人ともまだ貧しいから、働かないといざ困った時、動きが取れなくなっちゃうのです。

今7月12日PM2時。(日本時間同日午後10時)です。
亮介はシャワーを浴びています。
美弥ちゃんは今日もくたくたになって仕事を終え、ホッとしているのではないかと思うよ。

所で亮介はぼくのことを「堅朗クン」と呼ぶ。それは誰かの影響です。本当。

亮介と二人で、ここでは希少価値のご飯(ライス)を食べました。
亮介がいろいろ話をしてくれるのをこの4、5日、ぼくは興味を持って聞いています。

彼は色んなことを知っています。夢想家、ロマンチスト。
スエーデン人の女の子や男の子が、「君の友だち、14才?16才?」
と聞くのが想像できます。
彼の心はそのくらい夢で満たされている。夢を食べて生きているような男だな。ホント。

もっと有用な手紙を書けと言われてもですな、よくわからないですな。
いったい何を知りたいの?
ウソ、冗談。
書くよ。

日本人の女の子はかわいいので、ヨーロッパどこに行ってももてるよ。
パリに行っても例外ではない。
パリジャンとずうっと一か月一緒に生活しているので知っているんだ。

最初パリに着くんだろ?
気をつけなさい。
つまり、嫌なら「嫌です」とはっきり言うことですな。

「I have no interest!」
「I don’t have time!」
「I am married! I have two babies!」
「I don’t like you」

等々はっきりと言うこと。
そうでないと、1時間でも2時間でもくっついてくる。
Tel番号なんかすぐ聞いたりするから、嫌な時は

「I don’t have telephone!」
「You don’t need it!」 etc.

とに角笑っていてはだめです。
気があると思われるから。
特に○○○○、○○○、○○○○、等々の人種には気をつけること。
Making love(早い話ナニのこと。○○○○)しか考えてない○○○○○人をぼくは知っているし。
用心、用心。

また手紙よこせ!
ぼくが言えることはこの位。

ぼくは7月中はここにいる。
8月にパリ、ドイツ方面に南下します。

素晴らしい旅ばかり考えないこと。
つらいこといっぱいあるよ。
でも、日本を脱出すること。
これにつきます。
ぼくの場合これが旅のテーマ。
それから考えれば事足りる。
では亮介にバトンタッチします。


(↓亮介より)

HUG。
いとしの妹よ、

顔面神経痛でもがんばっちゃってさ、さすがに俺の妹と思っています。
がんばって下さい。
俺はおまえの「甘い!」という声の聞こえないところで、のんべんだらりでおります。

明日はまたフィンランドへ戻って北へのぼり、ラップランドを通ってお気に入りのノースケープに行きます。
ヒッチハイクうまく行くように祈っていてください。

家の人たちにも元気でやっていると伝えて。
じゃな。

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